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第25回定期演奏会

1994年7月17日

愛知県芸術劇場コンサートホール

愛知県 名古屋市東区

ブラームス 交響曲第2番
チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」より抜粋
グリンカ 歌劇「ルスランとリュドミーラ」序曲

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グリンカ 歌劇「ルスランとリュドミーラ」序曲

19世紀の前半までは、いぜんとしてロシアは西欧の影響のもとにドイツ、イタリア、フランスなどの音楽的先進国の勢力に冒されざるを得ませんでした。このような状況の中で1人の天才が現われて、ひとつのきっかけを作ったのでした。それがグリンカなのです。彼は真のロシア音楽を確立しなければならないという主張をもって保守主義者からは攻撃されながらも自己の主張を貫きとおし、やがてロシア5人組にその影響をあたえ、国民楽派の基礎を築きあげた音楽的英雄です。かれの歌劇では「イワン=スサーニン」(政治的事情で“皇帝に捧げた命”と改題された時期がありました。)と「ルスランとリュドミーラ」が重要な位置をしめていますが、今日では全編演奏される機会は、めったにありません。「ルスランとリュドミーラ」は初演は不評でしたが、序曲だけ単独で演奏される機会に恵まれ、現在は大衆的な人気を博しています。プーシキンの叙情詩にもとづいた物語で、リュドミーラをめぐる3人の騎士の苦心談の中に悪魔や魔法使いなどが登場するおとぎ話風構成です。序曲はニ長調2/2拍子プレストで激情的ともいえるほどに活発な第一主題からはじまり、ルスランのうたうアリアにもとづく第2主題へとうけつがれてゆき、快適なリズムと力強い盛りあがりのその頂点で、きっぱりと終結します。ちなみにこの歌劇は、第4幕のチェルノモール行進曲が、非常に大胆な手法で作曲されており、それがシェーンベルクらが到達するよりもずっと以前に無調音楽の一種を駆使してかかれていることから、今日でもロシアの自慢の種となっています。なお1843年ロシアに演奏旅行したリストが注目してピアノ曲に編曲しています。

チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」より抜粋

チャイコフスキー35歳の1875年にモスクワのボリショイ劇場の支配人ベギチェフからバレエの作曲を依頼され翌年に完成させたのが、この「白鳥の湖」です。悪魔によって白鳥に変えられたオデット姫と侍女たちは夜の間だけ人間の姿にかえります。王子ジークフリートの純愛によってオデットは人間にもどりますが、舞踏会で悪魔が邪魔に入り、愛を失ったオデットは湖にもどり後を追ったジークフリートとともに死んでしまう物語です。初演は不評に終わり、チャイコフスキーの生前にはついにその真価は認められることなく二度と演奏されることはありませんでした。ところが、彼の死後ペテルブルクのマリンスカイ劇場の振付師プティパが、ボリショイ劇場の記録に「白鳥の湖」を見つけ、追悼公演の演目として再演しようと検討しました。再演するにあたって台本や配曲の変更、譜面の補筆、さらには、チャイコフスキーの晩年のピアノ曲「18の小品」作品72の一部から編曲して挿入したり大幅な手直しをほどこし1895年に全幕が上演されました。バレエは大成功を収めバレエ史上、決定的な地位を確保しましたが、その蘇演版が今日上演される基礎となっている為、たとえば音楽だけとってもどこまでが原形なのか詳細は不明になっています。歌劇「ウンディーナ」の断片なども流用されており、本当に「白鳥の湖」のために書かれた曲かどうか不明な曲が数曲含まれています。また終曲こそ劇的にしかもし交響的に書かれてはいるものの、全編はリピートが多く後の充実した交響的手法で書かれた「眠りの森の美女」や「くるみ割り人形」に比べると一歩ゆずる部分もなくもありませんが、旋律の美しさや甘く感傷にあふれた情緒など彼の音楽の魅力は、全編に盛り込まれており、それが今日多くの人々の心をとらえているのでしょう。

ブラームス 交響曲第2番

構想から完成までに約20年余り費やした交響曲第1番とは対照的に、交響曲第1番完成の翌年には、かなり短期間で一気呵成に書きあげられた交響曲第2番が1877年夏に完成しました。内容も交響曲第1番に見られる思いつめたような表情やかたさが後退し、流麗でおだやかな表情が全曲にあふれ幸福感に満ちあふれています。アルプスの山々に囲まれたヴェルター湖畔の小村での生活を反映しているのでしょう。第1楽章アレグロノントロッポはソナタ形式で書かれ冒頭の低弦楽器によって提示されるD−Cis−Dの動機を統一素材とし牧歌的雰囲気を見せながらも劇的な激しさも秘め充実した構成をもっています。第2楽章は、抑制された息の長い美しい主題によって始められる内省的な緩徐楽章です。晩年に自己の創作を回想し、自分がそれまでに書いた最も美しい音楽は、この曲のこの楽章であるといったとも伝えられています。第3楽章は、ロンド風楽章でふたつの中間部分を持っているスケルツォ的性格の強い音楽です。最後の主題の再現は弦楽によって嬰ヘ長調で始められますが、それもト長に復帰し、そしてこの楽章もまた静かに終結します。第4楽章はソナタ形式による終曲で抑制された開始を持ち、また展開部分の中心に沈潜した部分をおきながらも全体は素朴で活気にみちた開放的な音楽です。リズミカルな音楽のスケッチがだんだんと尖鋭化し、高揚と緊張の気分が生じ音響の波がますます高まり、広がりそして終結します。管弦楽の編成はテューバが加えられている点でブラームスの交響曲としては独特です。

1877年という年をめぐって 高荻 泉

言うまでもないことかも知れぬが、ブラームスはひねくれた男だった。ある時、ファンの一人が「どうして感動的な音楽ばかり書けるのか」と讃辞を呈した所、彼は「なに、出版社がそうするように言うので」と答えたものだ。実に素直でない。

当然のことだが、こんな男にまともな恋愛ができる訳がない。1858年頃のことであるが、実は、一度だけ、彼は結婚をしかけたことがある。相手は大学教授の娘、アガーテ嬢である。ところがブラームス、最後の所でどうしても決心がつかない。(後述するクララの存在があったからでもあるが)そこで彼はよせばいいのにアガーテに「どうしよう」と手紙を送った。本人に相談するのもどうかと思うが。結果、アガーテはブラームスをさっさと棄てる。そりゃそうだろう。俺だってこんな奴友達にはなりたくない。

もっとも彼の場合、生育歴の方に問題があると言えなくもない。五島雄一郎は次のように言っている。「ブラームスは家計を助けるため10歳頃からバーやダンスホールでピアノを弾いていたために、良家の子女に対するコンプレックスを持ち、性生活の相手も売春婦に限られていた。」

ということになれば、彼が生涯独身を通した理由もなんとなく分かろうというものである。その後、記録に残っている彼の女性関係はほとんど年の離れた娘との悪ふざけの域を出ていない。単なるスケベ親父である。

ところが、一人だけ例外がいた。師匠ロベルト・シューマンの妻、クララである。ブラームスがシューマンと初めて出会ったのは、彼が17歳の時のことである。この時クララは歳上とはいえ、まだ31歳だった。不思議なことに、この頃からシューマン夫妻の夫婦仲が悪くなる。さらにロベルト自身に精神的に不安定な症状が起こり(先の五島は、これを、「梅毒性脳疾患」ではないかと推定しているのだが)、1854年には河に投身自殺を図るのである。さぁて一体何があったんでしょうね。

その後ロベルトは精神病院に収容され半ば植物状態となって死ぬ。彼が口にした最期の言葉は、“Ich weiss(私は知っている)”だったそうな。いやぁ奥が深い。

ロベルトの死後、二人の仲はどうなっただろう。多くの伝記作家は「二人の愛情は友情に変わった」などと書いている。だとすれば実にお美しい。

ブラームスは第二交響曲を、1877年の6月頃、ペルチャッハで書き始め、9月頃、有名な温泉保養地のバーデン・バーデンで仕上げたらしい。クララ・シューマンも、夫の死後「保養」と称してしばしばこの地を訪れている。バーデン・バーデンで二人が何をしていたのか、推測するのは野蛮というものである。

ブラームスの第二交響曲が初演されたのと同じ年、1877年にチャイコフスキーは「ロシア報知」という新聞にブラームスについてこう書いている。

「私にとっては何の魅力もない。彼はとても暗くて冷たい。要求は高いが真の深さを持っていない。」

なかなかきついことを言っているが、実はこの年、1877年というのは、チャイコフスキーにとって散々な年でもあった。自信作の「白鳥の湖」もこの年に初演されたが、評判は最低である。どうも踊りのほうがマズかったらしい。そして私生活の面でも人生最大の事件が起こった。

前年の9月、チャイコフスキーは弟に手紙を書いた。「結婚がしたい」というのである。しかし相手がいないのに結婚などできる筈がない。チャイコフスキーは、まるで強迫観念に取り憑かれたかのように花嫁を捜しまわり、自分の教え子にあたるアントニーナという女性を見つけ出してきた。

ところで、伝記作家のエヴェレット・ヘルムは次のように言う。「事あるごとにチャイコフスキーの同性愛的傾向に立ち返らざるをえないのは避けられない」

ホモが女と結婚するものではない。毎夜ベッドの中で迫ってくる(妻なのだから当然なのだが)アントニーナのおかげでチャイコフスキーはすっかりノイローゼになってしまった。気の毒なのはアントニーナの方である。普通の夫婦生活もできず、すっかり悪妻にされちまったのだから。この結婚は、チャイコフスキーの自殺未遂をもって終止符が打たれるが、その後チャイコフスキーの男癖は死ぬまで直らなかったようである。懲りない男である。

チラシ表
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