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第60回定期演奏会

2012年1月29日

愛知県芸術劇場コンサートホール

愛知県 名古屋市東区

バーンスタイン 「シンフォニックダンス」 
ガーシュイン ラプソディ・イン・ブルー 
ジョン・ウィリアムズ スターウォーズ組曲
指揮:田中 祐子
独奏:隈本 浩明




指揮 田中 祐子

YUKO TANAKA

愛知県名古屋市出身。2010年東京藝術大学大学院指揮科修士課程修了。第51回(2009年)ブザンソン国際指揮者コンクール、第5回(2010年)ショルティ国際指揮者コンクール、セミファイナリスト。指揮を尾高忠明、広上淳一、高関健、汐澤安彦の各氏に師事。ピアノを隈本浩明氏に師事。'02愛知教育大学教育学部音楽科卒業、'04同大学院修了と同時に、東京音楽大学指揮科に特待生として入学、福島育英会賞、'08卒業。これまでに日本フィルハーモニー交響楽団、広島交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、愛知室内オーケストラ、シアターオーケストラ・トウキョウ、ウインドミル・オーケストラ、葛飾フィルハーモニー管弦楽団、豊田市ジュニア・オーケストラ等のオーケストラに客演。東京藝術大学卒業生紹介演奏会にて藝大フィルハーモニーと共演。日生劇場、東京室内歌劇場、日本オペラ振興会等、都内・各地のオペラ団体にて、副指揮・音楽スタッフとしても参加。「魔笛」、「ドン・ジョヴァンニ」、「アポロンとヒュアキントス」、「オルフェオとエウリディーチェ」、「ラ・ボエーム」、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」、「マクロプロスの事」、「死神」、「不思議の国のアリス」他、多くのオペラ作品に携わる。

洋楽好きな父と、語学・クラシック音楽オタクの母の長女として誕生。幼少期の思い出は三善晃、ブリテン、ショパン。その後雲行きが怪しくなりブルックナー、ニルバーナ、最近では東錦花の世界観にはまり、移動の多い独身生活を送る。

ピアノ独奏 隈本 浩明

HIROAKI KUMAMOTO

福岡県北九州市出身。故井口秋子、故ヴァシャヘーリ各氏に師事。東京藝術大学大学院修了後、愛知教育大学に赴任以来四十年、当地においてアンサンブル中心の演奏活動を行ってきた。シューマン、ガーシュウィン、モーツァルトのコンチェルトを名フィル等と協演、独奏としてはNHK「ゆうべのリサイタル」及びコンサート等において、モーツァルト、シューマン、フランク、プーランク、三善 晃の諸作品。アンサンブルとしては、名フィルの井上 京氏、杉浦 薫氏らと古典のモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ロマン派のシューマン、ブラームス、近現代のバルトーク、ストラヴィンスキー、メシアンに至るまで幅広いレパートリーで精力的に活動を行った。また、歌曲伴奏もシューベルトの三大歌曲集全曲をはじめモーツァルトから現代のヴォルフまでに主にドイツリート中心に手掛けている。最近は学生達と様々なアンサンブルを楽しんでいる。現在、愛知教育大学特別教授、名古屋音楽大学非常勤講師。

我が半生における最初の音楽的感動は、民謡「炭坑節」であったとか。爾来、成長の過程で数えきれぬ電気に打たれることになる。ニール・ヤング、ジミ・ヘンドリックス、キヨシローは今も溢れる。

名古屋シンフォニア管弦楽団について
1982年に名古屋を中心に活動する音楽愛好家により結成され、今年30周年を迎えました。その間、地元名古屋はもとより全国各地から来た転勤者も多く加わり、現在では、約90名規模のオーケストラに成長しています。年2回の定期演奏会も中断することなく開催し続け60回を数えるまでとなりました。
練習は毎週日曜日に、厳しい中にも楽しく充実感を得られる内容を心がけています。また多くの先生方より、演奏技術、音楽論、さらに人生論(?)までご助言をいただきながら活動しております。舞台から溢れる音楽を愛する喜び、そういったものがお客様に伝わり共に楽しめるステージになれば幸いです。

30周年記念メッセージ
楽団創立30周年にあたり、長くシンフォニアをご指導下さっている先生方からメッセージをいただきました。
● 高弦セクショントレーナー 斉藤 和久 先生

創立30周年おめでとう!
すごいですね。僕は20年近くお付き合いしてますでしょうか。今から10年くらい前まで、2nd Violinに年配の男性がいましたね。彼はいつも朗らかに僕の拙い指導に耳を傾けてくださって、暖かい笑顔でうなづいていました。彼がいることによる、場のふくよかさがありました。当時はまだ尖ったところがあって、乱暴なもの言いになってしまったりした時などは、彼の笑顔にふれて、自分の大人げなさを反省させられたりもしていました。音楽は人の心だと思います。人の心は歳とともに深まっていくものです。シンフォニアという団体も歳を重ねて、奥深さやふくよかさ、あたたかさなど、いろいろな魅力を増やしていってほしいと切に希望します。

● 金管セクショントレーナー 満岡 耕造 先生

名古屋シンフォニア管弦楽団の創立30周年と第60回定期演奏会、おめでとうございます。このオケとの出会いは、私が音楽活動を辞め、名古屋へ移住した平成7年。当時の指揮者で桐朋学園の先輩から「近くで練習しているので、遊びにきてください」と誘われて行った練習会場、その重厚で幅広い音と真摯な演奏姿勢に「なんて素敵な響きのオケなのだろう。なんて楽しい音楽を演奏しているのだろう!」と感動したのを今でも思い出します。練習に対して真っ直ぐで、音楽へのピュアな心を持つこのオケのために役立ちたい。そう考えて付き合い始めて15年。団員の顔ぶれは変わりましたが、今でもその響きが変わらないことに脱帽するばかりです。ブラボー!シンフォニア。これからも愛知を代表するアマオケとして、楽しく、伸び伸びと、Musizierenしてくれることを期待しています。

ジョン・ウィリアムズ:スターウォーズ組曲

私が映画スターウォーズ(1作目)を見たのは、小学校5年生の頃でした。それまでの映画と違い、宇宙や宇宙船の雰囲気が十分本格的だった所と付随する曲がカッコいい事だけはしっかり記憶していました。その後は、たまに放映された映画の続編を見るぐらいでしたが、1990年前後に、作曲者のジョン・ウィリアムズがボストン・ポップス・オーケストラの指揮をした演奏のCDが多数発売され、日本でも静かなブームになった事を記憶しています。スターウォーズの音楽は、単なる映画の伴奏、または編集で作られた音ではなく、本物の管弦楽曲として作られています。オーケストラで(上手く)演奏すれば、そのまま映画の音がする、という事に衝撃を受けました。

私たちが普段親しんでいるクラシックの楽曲とは、また一味違った、身近な、親しみやすい、魅力を持った、そんな素敵な楽曲と思います。今日は色々不備もあるかと思いますが、みなさまにもその楽しさが伝われば良いと思っています。

  1. メインテーマ:20世紀フォックスのファンファーレが終わると、画面いっぱいに「STAR WARS」の文字、そこからブラス・セクションの高らかなテーマと大編成の弦楽器の高貴なメロディーが流れて、画面には下から説明文がスクロールされ、説明が終わると一気に宇宙の風景に切り替わるという、このスターウォーズのシリーズに共通したオープニングに萌える人は多いと思います。

  2. レイア姫のテーマ:ヒロイン、レイア姫のテーマです。緩やかな序奏の後、レイア姫をイメージしたホルンのメロディーが流れます。フルートの響きが美しい、静かな曲です。

  3. インペリアル・マーチ(ダースベイダーのテーマ):悪役、帝国軍の総統、ダース・ベイダーのテーマです。葬送行進曲をモチーフに書かれているかもしれません。

  4. ヨーダのテーマ:主人公ルークの師匠、ヨーダのテーマです。

  5. 王座の間とエンド・タイトル:帝国軍の戦いに勝って、ルークとハン・ソロが表彰される式典の音楽とエンド・タイトルです。

ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー

「人事を尽くして天命を待つ」という諺がある。また、「まな板の鯉」というのもある。「一世一代の大勝負」という言葉もあるだろう。これらはすべて、今の私のことである。その意味は、この曲の冒頭を聴いていただければお分かりいただけると思う。

さて、このラプソディ・イン・ブルーという曲は、テレビCMやフィギュアスケートの曲などにも使われているので、ご存知の方も多いだろう。ガーシュウィンはピアノの名手で、ラグタイムという音楽(スコット・ジョプリンの「ジ・エンターティナー」が有名)のピアノ弾きとして生計を立てていた。ラグタイムのシンコペーションや、彼のルーツであるユダヤ系のクレズマー音楽などの影響を受けつつ、この曲は彼の20代半ば、1924年に作曲された。元々は小編成のジャズバンド向けにガーシュウィンが作曲し、グローフェが編曲をしてできあがった曲であるが、今日、私たちが演奏するのはオーケストラ向けに編曲された版である。彼の人生は38年という短いものであったが、その中で「ポーギーとベス」「パリのアメリカ人」など、記憶に残る名曲を残している。私が大学オケでクラリネットという楽器を始めることになったのも、小学生の時の音楽教室で聴いた、この曲の冒頭の鮮烈な記憶が根底にあったからである。

さあ、演奏会は始まった。刺激的で色々な要素の詰まった、宝石箱のようなこの曲を田中先生、隈本先生とともにどうお届けできるか、楽しみにしていただけると幸いである。

バーンスタイン:ウエストサイドストーリーより<シンフォニックダンス>

「マンボッ!」の掛け声で知られ、「現代版ロミオとジュリエット」と言われるウエストサイドストーリー。まずは簡単に紹介をさせていただこう。(ちなみに原案者のジェローム・ロビンズは「ロミオとジュリエットのブロードウェイ版」とうたっている。)

1957年にミュージカルとしてブロードウェイで初演され、1961年には映画化されたこの作品。当時のニューヨークのウエストサイドを舞台とした少年ギャング、ジェット団とシャーク団の抗争と、それに翻弄される二人の若い男女、トニーとマリアの2日間だけの禁断の恋とその結末、「死」による別れが描かれている。イタリア系アメリカ人とプエルトリコ系アメリカ移民のギャングという当時のアメリカの背景を織り込みつつも、コミカルに、そして若者の感情が美しく表現され、映画はアカデミー賞10部門を受賞したほどの名作である。そしてその作品中には非常に多くの曲が使われており、ジャンルもアリアからジャズ、ラテンなど本当に様々である。その中にはCMで使われていたり中学校の音楽の教科書に載ったりと、みなさんが耳にした曲もあるはずだ。

今回演奏する「シンフォニックダンス」は1960年に主要曲を集めてバーンスタイン自身が演奏会用に編曲した、いわば名曲ダイジェスト版である。(ここに入っていない "TONIGHT" が私は一番好きなのだが…)細かい曲のタイトル紹介は割愛するが、ギャングの少年が歩み寄る冒頭のシーンや、2つのギャングがダンスで争うシーン(mambo!)、その中で出会ったトニーとマリアが想いを歌うシーン、死が二人を分かつシーン…聴けばそのシーンがイメージできる数々の名曲が散りばめられているこの作品、まだ観ていない方はぜひ今日の帰りにでも観て頂きたい。

話は外れるが、バーンスタインは1984年に自らの指揮で、全曲の録音を行っている。世界最高峰と言われているホセ・カレーラスやキリ・テ・カナワなど著名なオペラ歌手も参加しており、ウエストサイドの映画と合わせて一度は聴くことをお勧めする。特にカレーラスの歌う "Maria" やキリとのデュエットの "TONIGHT" は必聴である。この時のメイキング画像からは、バーンスタインがこの曲にかける想いを伺い知る事もできる。

シンフォニックダンスに話を戻すが、前述のように様々なジャンルが含まれクラシックとの表現の違いも多く、そして技術的にもかなり難易度が高いこの曲。今回我々が目指したのは「ニューヨークの陽気なおじさんの演奏」である。これまでのクラシカルな音とはまた違う、気だるくもエネルギーに溢れた、そんな熱い音楽をお聴かせしたいと思う。

アメリカ音楽、ジャズそして映画 高荻 泉

音楽評論家パイザーによるバーンスタインの評伝を眺めていたら、興味深い記述にぶつかった。ワーナー・ブラザーズがガーシュウィンの伝記映画を撮影するにあたってバーンスタインの起用を検討していたというのである。1945年に制作されたアーヴィング・ラパー監督『アメリカ交響楽』(原題はずばり "Rhapsody in blue")である。バーンスタインがまだロジンスキーのアシスタントとしてニューヨーク・フィルハーモニックの副指揮者を務めていた頃の話である。当初なかなか芽の出なかったバーンスタインではあるが、やがて彼のもとに大きなチャンスが巡ってくる。1943年の11月、彼はインフルエンザで寝込んだ大指揮者ブルーノ・ワルターの代役として指揮台に立ちセンセーショナルな成功を収めることになったのである。25歳の若いアメリカ生まれの青年指揮者の成功は「ニューヨーク・タイムズ」でも大きく報道され、一躍スターとなった。だが、ロジンスキーに言わせると「あのころでさえ、彼はひどく生意気な奴だった」ということになる。

結局、バーンスタインは映画には出演しなかった。映画のガーシュウィン役は後にトニー賞を受賞する俳優ロバート・アルダが演じた。この映画、アメリカ音楽の代表的なスタイルであるジャズを芸術的に昇華したものの、不幸にして早逝した悲劇の作曲家というドラマの扱いは少々甘いものの、本人役で名優アル・ジョルスンが『スワニー』を歌い、これも本人役でジャズ王ポール・ホワイトマンやガーシュウィンの盟友であったピアニストのオスカー・レヴァントらが華麗な演奏を聞かせるのだから納得するしかあるまい。レヴァントが『ヘ調の協奏曲』を弾くラストシーンはちょっといいよね。

しかし、これでバーンスタインと映画との縁が切れた訳ではない。作曲家として彼はスクリーンに戻ってくる。1944年、コムデンとグリーンの詞、ロビンスの振付、そしてバーンスタインの曲によるミュージカル『オン・ザ・タウン』は成功をおさめ、後にMGMが映画化する。『踊る大紐育』である。名匠スタンリー・ドーネンとジーン・ケリーが共同でメガホンをとり、主演がケリーにフランク・シナトラときた日には、これまた納得するしかあるまい(ただ、音楽はオリジナルの舞台版からは少々改変されている)。その後、バーンスタインはミュージカル『キャンディード』をはさんで、エリア・カザン監督の映画『波止場』(1954年)の音楽を書き、再びロビンスと組んで『ウェストサイド物語』(1957年)を生み出すのである。

さて、『ラプソディ・イン・ブルー』を効果的に使った映画と言えば、ウッディ・アレン監督主演の『マンハッタン』(1979年)がある。アレンが『アニー・ホール』(1977年)でオスカーを獲った後の作品だが、実にアレンらしい洗練された名作である。アレンが演じるのは中年テレビ脚本家。エリート意識丸出しで独りよがりな主人公が、年下の恋人(マリエル・ヘミングウェイが実にいい)や友人の別れた愛人との間で揺れ動き、シニカルな結末を迎えるという物語である。モノクロで撮られた四季折々の70年代のニューヨークの風景がガーシュウィンの曲にマッチして、一種独特の詩情を醸し出している。ヴェトナム後の迷走したアメリカ社会をアレンは巧みに描き出す。アレン自身クラリネットプレイヤーとしてジャズを演奏することもあって、『マンハッタン』で流れるガーシュウィンの諸作品には彼の想いがたっぷり詰まっているのだろう。

そのウッディ・アレンが『アニー・ホール』で第50回のアカデミー賞を獲った1977年に、音楽部門でアカデミー賞を受賞したのがジョン・ウィリアムズであった。そう、『スター・ウォーズ』(後の『エピソードⅣ 新たなる希望』)である。この映画は公開当時、空前のSF映画ブームと、様々な亜流を生み出すことになった。日本ではなぜか1年遅れで公開されたために、東映が先に石森章太郎原作の『宇宙からのメッセージ』を製作・公開している。お話はチャチだったが、ヴィック・モロー(『コンバット』のサンダース軍曹である)を主演させたり、特撮も結構頑張っていて、個人的には嫌いではない。ただ、登場人物が妙に任侠映画のノリなのはさすが東映(監督は深作欣二だった)と言うべきか。

それはさておき、作曲家ジョン・ウィリアムズの仕事は『スター・ウォーズ』だけではない。本作以前にも70年代には『ポセイドン・アドベンチャー』、『タワーリング・インフェルノ』といったハリウッド大作を手がけ、ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』ではオスカーを獲っている。傑作は何といってもスピルバーグ監督の『JAWS ジョーズ』(1976年)である。ヒト喰い鮫の映画と言われりゃそれまでだが、『日曜洋画劇場』の淀川長治なら「まあ、なんとも、音楽だけでもコワイですねえ」とくるところだ。

ウィリアムズもジャズには思い入れがあるようで、やはりスピルバーグと組んだドタバタ映画『1941』でもダンスホールのシーンでノリノリのスイングジャズを書いている。この『1941』という映画もある意味バカバカしいしょうもない映画ではあるのだが、オレは好きだな。

バカバカしさといえば、『ラプソディ・イン・ブルー』については1967年12月にTBSで放映された『植木等ショー』を外すわけにはいくまい。この番組で、ハナ肇とクレイジーキャッツの面々は、石丸寛指揮の東京交響楽団と互角にわたり合い、ガーシュウィンのこの曲を使って予測不能、抱腹絶倒そして空前絶後の破壊的なギャグを繰り広げたのである。安田伸の吹くクラリネットに始まって、桜井センリの見事なピアノソロ、谷啓のトロンボーンなど、彼らがコメディアンであると同時に、優れたジャズプレイヤーだったからこそなしえた伝説的なステージである。実にいい時代だ。

病気で寝込んだせいでバーンスタインの出世のチャンスを作ったワルターは、ジャズのことはあまりお気に召さなかったようだ。後にゴールドバーグとのインタビューで彼はこう語っている。「…ジャズを聴くことによって、わたしは自分が堕落したように感じます。…ジャズは聴き手の低劣な本能に訴えるがゆえに危険です」。

なるほど上手いことを言うものである。でもたまには堕落してみるのも悪くないものである。


~団員の想い~

私たちはひとりひとりがそれぞれの想いを込めて、シンフォニアに参加しています。

今回は3名の団員から、創立30周年に向けての想いを語ってもらいました。

● 創団メンバーの一人として

思い返せば無茶な話であった。大学オケの青二才集団が「普通」の社会人オケを作ろうとしたのだから。それも名古屋の一老舗オケのむこうを張ってである。名前も「名古屋シンフォニックオーケストラ」(名古屋交響楽団!)という案すらあったほどで、さすがに40名もいない楽団にそれはないだろう、ということでお蔵入りになったのは幸いだった。気宇だけは壮大だったのである。こうして熱気だけで創団したものの、その後は順調とは言えなかった。活動が頓挫しかけたのも1度や2度ではない。ろくな経験もない若者が、半分以上エキストラで、「やりたい」だけで大きな演奏会を企画するのだから当然である。今思うと周りにずいぶん迷惑をかけたわけで、恥ずかしい限りである。現在は90名の団員を抱え1500人近くの聴衆を集め、難曲にも挑戦するまっとうな「普通」の社会人オケになり、本当に良かったと思っている創団メンバーの一人である。


● パン教室からシンフォニアへ

私が入団したのは、プライベートを充実させたかったからです。パン教室に通っていたけど、充実できるのは教室に通っている時間だけで、何か物足りませんでした。そんな時思い出したのが、大学の先輩が所属していたこのオーケストラです。先輩とは入れ違いだったけど、練習熱心なこのオケに入団できてよかったです。毎週みんなと会えること、本番に向けてみんなと音楽を作る感動を味わえること、毎回違う指揮者から音楽の楽しみ方を学べること等、楽しさ満載!!そして、国内・海外旅行に一緒に行きたくなる仲間は、私の大切な宝物です。

今年名古屋シンフォニアは30周年。私と歴史が一緒の名古屋シンフォニア、そんな団体に所属できて幸せです。こんなに素晴らしい名古屋シンフォニアがあることに感謝し、今回は楽しみます♪


● シンフォニアの魅力は温泉?

A「永く続けてこられたのは、シンフォニアが温泉みたいだからだね」

B「ぬるま湯に浸かったようなオケってこと?!」

A「いや、温泉って飽きないし、老若男女誰でも楽しめるでしょ」

B「・・ふやけた音楽になりそうだな」

A「いやいや、温泉は日常生活から離れて癒される場所だから、不機嫌な人っていないよね。シンフォニアもそうなんだ。上機嫌で音楽が出来るんだよ」

B「・・(あなただけじゃないのか?!)」

このように(?)いつも上機嫌でかつビシッとした音楽を目指している私たちですが、昨日の厳しい練習、今日のゲネプロ、そして本番を全力で演奏するとヘトヘトになるのです。ああ、本物の温泉に行きたいなあ・・。

チラシ表
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