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第64回定期演奏会

2014年2月2日

愛知県芸術劇場コンサートホール

愛知県 名古屋市東区

ブラームス 交響曲第3番 
チャイコフスキー 幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」 
ドヴォルザーク 序曲「謝肉祭」
指揮:佐伯 正則

ブラームス:交響曲 第3番

ブラームス独特の抒情あふれる上質な旋律の宝庫です。50歳のブラームスが26歳のアルト歌手への憧れを描いたという説も。有名な3楽章があまりにも美しく切ないのは、恋のせる業でしょうか?


チャイコフスキー:幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」

不安を煽るような旋律から始まり地獄へ落ちる様を描いたこの曲は、ダンテの神曲を題材に美しい姫フランチェスカと美青年パオロの悲恋を描いています。


ドヴォルジャーク:序曲「謝肉祭」

年1回のボヘミアの祭り「謝肉祭」。抑圧された生活から解き放たれた人々のお熱狂と、合間に見せる哀愁の激しい場面転換の描写。シンフォニアの表現はいかに?!



指揮 佐伯 正則(さえき・まさのり)

Masanori Saeki

1974年名古屋生まれ。

国立音楽大学卒業後、指揮活動をはじめる。

1999年〜2000年仙台フィルハーモニー管弦楽団副指揮者を務め、外山雄三、梅田俊明両氏のもとで研鑽を積み、大田区民オペラ協議会、東京シティ・フィル「ヴァルキュレ」、新国立劇場小劇場オペラシリーズ、読売日響「パルジファル」公演において、G.アルブレヒト、飯守泰次郎、新田ユリ、宮松重紀各氏のもと副指揮者を務める。

いままでに東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団等を指揮するほか、長生淳作曲三室戸学園創立70周年記念作品「トリトン」の初演を指揮するなどオーケストラ・吹奏楽において幅広く活動する。

また第74回青少年音楽祭で円光寺雅彦氏のアシスタントを務めるほか全国各地のアマチュアオーケストラの指導をし、コウコ・ハルヤンネ(トランペット)、マルティン・オンドラーチェク(チェロ)、ヤン・リシュカ(チェロ)、川口知子(ヴァイオリン)、松田拓之(ヴァイオリン)、山﨑千晶(ヴァイオリン)、松崎敦子(ヴィオラ)、飯塚一郎(トランペット)、日高剛(ホルン)、阿部麿(ホルン)、内山景子(ピアノ)、平原あゆみ(ピアノ)各氏等の国内外の著名なアーティストと共演する。

現在ナズドラヴィ・フィルハーモニーとドヴォルジャーク全交響曲演奏を目指すなど、チェコの作曲家の作品の演奏に力を入れている。

指揮を新田ユリ氏に、トロンボーンを佐藤菊夫、箱立家一、神谷秀樹各氏に、室内楽を北村源三、伊藤清両氏に、ピアノを石川吉美子、都筑貴子各氏に師事。またトロンボーンをウォルフガング・ハーゲン、山本浩一郎氏にも学ぶ。

国立音楽大学オーケストラ指揮補助、東邦音楽大学講師・ウインドオーケストラ指揮者を経て、現在は自由学園非常勤講師、ナズドラヴィ・フィルハーモニー指揮者。

名古屋シンフォニア管弦楽団について
1982年に名古屋を中心に活動する音楽愛好家により結成されました。その後、地元名古屋はもとより全国各地から来た転勤者も多く加わり、現在では、約90名規模のオーケストラに成長しています。年2回の定期演奏会も中断することなく開催し続け、2012年に30周年を迎えることができました。
練習は原則として毎週日曜日に、厳しい中にも楽しく充実感を得られる内容を心がけています。また多くの先生方より、演奏技術、音楽論、さらに人生論(?)までご指導をいただきながら活動しております。舞台から溢れる音楽を愛する喜び、そういったものがお客様に伝わり共に楽しめるステージになれば幸いです。

ドヴォルジャーク:序曲「謝肉祭」

ドヴォルジャークは1891年から1892年にかけて、演奏会用序曲として3曲の管弦楽曲を書き上げます。この序曲3部作は、初演時には「自然と人生と愛」というテーマがつけられており、それぞれ「自然」「人生」「愛」という名で呼ばれていました。しかし、後にドヴォルジャーク自身によりこのテーマが撤回され、3つの序曲をそれぞれ独立したものとして新たな曲名が与えられました。現在呼ばれる「自然の中で」「謝肉祭」「オセロ」という3つの曲名です。

「謝肉祭」と改められたこの曲は自由なソナタ形式で、冒頭から華々しく始まり、最後も全管弦楽の熱狂のうちに華々しく終わります。謝肉祭(=カーニバル)といえば派手な仮装行列がつきものらしいのですが、まさにそれを彷彿とさせます。筆者は恥ずかしながら最近まで謝肉祭と収穫祭を混同し、農村のアースカラーなイメージを持っていたのですが、インターネットで各国でのカーニバルの写真を見ると、人々が街中でカラフルな衣装に身を包んでいるではないですか。曲のイメージが一変しました。

一転、中間部の主題は、「自然の中で」の「自然をあらわす主題」から取られ、音楽の雰囲気は、ドヴォルジャークの別荘があったヴィソカーの田園風景を想像させます。ドヴォルジャーク独特の印象的で美しい瞬間です。

今回の演奏会、後に続く2曲がとってもシリアスです。この序曲は、身体を楽にして明るい気持ちで聴いていただければと思います。

チャイコフスキー:幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」

フランチェスカは、13世紀イタリアに実在したラヴェンナ領主ポレンタ家の美しいお姫様。敵対リミニ領主マラテスタ家との争いを終わらせるべく、父の命令でリミニ領主の長男ジョヴァンニのもとに嫁ぐこととなった。

ジョヴァンニは勇敢だが、足が不自由で容姿は醜かった。そんな兄に代わり使いとしてポレンタ家を訪れた美青年の弟、パオロと不義の恋におちてしまったフランチェスカ。政略結婚の後、嫉妬に狂った夫ジョヴァンニは、ある夜、密会中の二人を殺すことで不倫に終止符を打った。

フランチェスカとパオロが宿命に逆らいながらも愛を求めた姿は、多くの芸術作品の題材として取り上げられて来た。イタリアの詩人ダンテが叙事詩の名作「神曲」の地獄篇第5歌で、この二人のような愛欲の罪人が地獄で苦しむ姿を描いたのが最初である。

幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」は、チャイコフスキーが「神曲」から受けた感銘をもとに、愛に苦悩する人間の感情を抒情的に歌い上げた作品である。

<曲の解説>

全体は、導入部、地獄の描写(A)- フランチェスカとパオロの悲恋(B)-(A)の再現という3部から構成されている。

【導入部】

ダンテは、地獄の門から地獄第1層に入る。低弦とファゴットの重苦しい響きに管楽器が不安な表情で応え、徐々に展開していく。罪の重さと地獄の不穏な空気を感じる部分である。

【地獄の描写(A)】

地獄第2層。愛欲の罪人の悲痛な嘆きと地獄の嵐が描写される。嵐は次第に強くなり、クライマックスになると打楽器が激しく打たれトランペットが主題を強奏する。やがて徐々に下降する旋律とともに嵐は収まり静寂を取り戻す。導入部の動機が短く演奏されると、クラリネットが語りかけるようなレチタティーヴォ(叙唱)を奏する。ダンテの問いかけに対し、フランチェスカとパオロの魂が嵐に漂いながら現れる。

【フランチェスカとパオロの悲恋(B)】

フランチェスカの悲恋。クラリネットの切々とした愛の主題は、絶望と情熱を深めながらフルートとオーボエ、弦楽器に受け継がれていく。イングリッシュホルン、オーボエ、ハープが二人の甘美なやりとりを歌い、それは互いの美しさを鏡に映す対話を繰り返す。二人の愛はなおも圧倒的な力で鎖のように絡み合い、やがて恍惚の境地に達する。

再び訪れた静寂を破るホルンの咆哮とともに、二人の前にジョヴァンニが憎悪の表情で現れる。不安定に下降する総奏はジョヴァンニの一撃で締めくくられ、二人は息絶える。

【再現部(A)】

二人の姿はダンテの前から消え、再び地獄の嵐が吹き荒れる。コーダに入りその壮烈な嵐はさらに勢いを強め、執拗にホ短調の主音を反復し終止する。

フランチェスカとパオロの悲恋。そこには、人間的な誤りがあったのかもしれない。究極の愛は、憎悪、嫉妬、羨望、情欲をも含んだすべての感情の総和であるから。

しかしながら、二人が愛し合ったその瞬間、互いの美しさは互いをしっかりととらえ、彼らは絶望や諦めを感じながらも一筋の光のようなものに照らされ、深い愛に満たされていたに違いない。

参考文献

・「作曲家別名曲解説ライブラリー 8 チャイコフスキー」 音楽之友社
・「イタリアのオペラと歌曲を知る12章」 東京堂出版

ブラームス:交響曲第3番 

ブラームスがこの曲を作ったのは1883年、彼が50歳の時であった。ブラームスは生涯4つの交響曲を書いているが、第1番の作曲には10年以上の年月がかかったのに対し、第2番は4ヶ月、この第3番についても夏から秋と短い間に作曲されている。この第3番は他の交響曲に比べ演奏時間が短いため、小交響曲と呼ばれることもある。しかし内容は充実したものとなっている。この頃彼は、しばしば避暑に来ていたドイツのヴィースバーデン付近の森を散策しながら自然をスケッチし、また年下のアルト歌手と交際していたという事情もある。このためか、第3番は4つの交響曲の中でも抒情的な趣が感じられる。

【第1楽章】アレグロ・コン・ブリオ ヘ長調

冒頭に序奏は無く、すぐ主題が始まる。主題はF-A♭-F(Frei Aber Froh)〔自由にしかし楽しく〕という若き日のブラームスのモットーの頭文字の音によって表されている。この動機のため、聞いていると、短調と長調がせわしなく入り乱れているような感覚に陥る。木管の穏やかな第2主題の後、焦りと憂いを感じるような展開部が続く。最後のコーダは冒頭の主題で締めくくられる。

【第2楽章】アンダンテ ハ長調

この楽章は牧歌的な木管のメロディーで始まる。この第1主題は木管により伸びやかに歌われた後に弦楽器へと移り、明るく華やかな変奏として歌われる。第2主題はクラリネットにより静かに歌われ、シンコペーション風の展開部へと続く。再現部では木管の主題の裏で弦楽器のささやくような掛け合いが行われる。アンダンテ(歩くように)というテンポも相まって、この楽章にはヴィースバーデンの森や山などを歩いている光景や、喜ばしい心情が映し出されているように感じられる。

【第3楽章】ポコ・アレグレット ハ短調

今回、第2楽章と第3楽章の間はアタッカ(連続)で演奏される。第2楽章の終盤で低弦が奏でた明るい朗々としたハ長調ドレミの音はそのまま冒頭のドレミ♭のハ短調へと姿を変え、一転、哀愁を帯びた美しいメロディーとなる。このメロディーは第一ヴァイオリン、また再現部ではホルン、オーボエのソロへと引き継がれていく。もの悲しげではあっても決して暗すぎない、どこかに暖かみを残したメロディーである。この楽章は過去にジャズアレンジされたり、映画のBGMとして使われたこともあるため、耳にされた方も多いのではないだろうか。

【第4楽章】アレグロ ヘ短調〜ヘ長調

第2、第3楽章と比較的穏やかな旋律で進んできたこの曲は、第4楽章で急に熱を帯びてくる。まずは弦による第1主題が静かに進み、第2楽章の第2主題にも似たモチーフが静かに現れる。そして突然堰を切ったように情熱的な第1主題の変奏が鳴り出す。チェロとホルンによる朗々とした第2主題が現れるが、全体として激しく訴えかけるような旋律に支配されていく。再現部では木管と低弦により第1主題がゆったりとしたテンポで奏され、最後には第1楽章の冒頭の主題が戻り静かにこの曲を締めくくる。

チャイコフスキーの交響曲第6番は「○○」? 高荻 泉

甘美なメロディ、劇的な展開、チャイコフスキーの諸作品はオーケストラ・コンサートのプログラムの花形といっても過言ではあるまい。鈴木淳史はチャイコフスキーのことを「ドス暗さとカマっぽさとバカ騒ぎを強引に形式に押し込めた元祖分裂くん。」なんて言ってるけど。しかし今や彼の曲はCMや映画なんかでもよく使われ、広く親しまれている。チャイコフスキーの音楽を効果的に使った映画といえば、古くは、オープニングで第5交響曲の第4楽章をまるっと使った『オーケストラの少女』(1937)、最近では序曲『1812年』でダメダメオーケストラの建て直しを図る『のだめカンタービレ』の劇場版(2009)なんかが思い出されるし、鬼才ケン・ラッセルがチャイコフスキー自身を主人公に据えた『恋人たちの曲 悲愴』(1972)なんて映画もある(もちろんケン・ラッセルのこと、ただの伝記映画ではない)。さて『刑事コロンボ』第6シーズンに「殺しの序曲」(1977)というエピソードがある。知能指数の高い人(要は天才というやつね)だけが入会を許される社交クラブでの殺人事件に、あのコロンボ警部(Lieutenantだから本当は「警部補」だけど)が挑むというお話である。銃声が聞こえた時に、容疑者は別室にいたという謎に、さしもコロンボも苦戦する。実は、このエピソードで犯行現場のオーディオ装置から流れていた音楽がチャイコフスキーの『ロメオとジュリエット』であった。「コロンボ」研究者のダウィットジアクは、リチャード・A・シモンズがプロデュースした6エピソードの中では「最もできの悪いエピソード」と言うのだが、筆者にとってはチャイコフスキーの名曲が効果的に使われ、終盤の犯人との対決シーンの緊迫感とあいまって印象深いエピソードである。

ところで、チャイコフスキーの傑作、第6交響曲の標題といえば、「悲愴」であることは、当たり前のことと思われる方が多いだろう。しかし、この曲、実は「悲愴」ではないかもしれない、というお話をご存知だろうか。ロシア暦で1893年10月16日に初演されたこの曲は、その初演のわずか9日後に作曲者が急死したこともあって、様々な物議を生むことになった。確かに、最後の交響曲が「悲愴」だなんて、「本人は自身の死を予感していた」みたいな、いかにも運命的なお話が続きそうではありませんか。70年代に書かれたヘルムの伝記では、こうなっている。初演の時には表題のなかったこの交響曲に『悲劇的』というタイトルが提案されたが、チャイコフスキーは満足しなかった。そこで弟のモデストが『悲愴』を提案すると、作曲者はそれが気に入って、そこから交響曲第6番『悲愴』となったというわけである。この時、モデストが提案したタイトルはロシア語の「パテティースカヤ」という単語である。音楽学者の森田稔は、「…パテティースカヤという単語には、ロシア語の辞書を引いても『悲愴』という意味は出てこない。これはロシア語では『熱情』とか、『強い感情』といった意味の言葉なのである」と書いている。そうなると交響曲第6番『熱情』かぁ、これはまたずいぶんと印象が変わりますな。だが、我々にとってお馴染みのチャイコフスキーの第6交響曲は "Pathétique" 、即ちフランス語のタイトルで表記されることも多い。これだと「痛ましい」とか「悲しい」という意味になり、「悲愴」と訳しても特に問題はない。そうすると問題はロシア語の「パテティースカヤ」という単語を誰がどうしてフランス語の "Pathétique" に訳したんだ、ということになる。実は "Symphonie Pathétique" という名称についてはチャイコフスキー本人も了承していたとする文献もあり、いまいちよく分からないのである。

案外、チャイコフスキー自身は「なんでもいいや」と思っていたのかも知れない。

チラシ表
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