名古屋シンフォニア管弦楽団
Nagoya Sinfonia Orchestra
曲紹介
チャイコフスキー:交響曲 第5番
アマチュアプレイヤーに絶大な人気を誇るこの曲。その魅力は、心をわしづかみにするような切ないメロディー、色彩溢れるロマンティシズム、そしてすべてを乗り越えてクライマックスに突き進む、溢れんばかりの躍動感と高揚感にあるのでしょうか。まさにドラマを感じさせる熱い作品です。
コープランド:アパラチアの春
舞台はアメリカ東部ペンシルベニア州。開拓された農家と生活となる一角で、結婚を控えた若いカップルの門出を祝う様子が描かれています。春のアパラチア山脈の美しさを感じさせるコープランドの代表作で、1945年にピューリッツァー音楽賞を受賞しています。
ボロディン:歌劇「イーゴリ公」より「韃靼人の踊り」
韃靼人の踊りは、オペラ「イーゴリ公」の中の1曲です。耳にする機会が多い、エキゾチックで哀愁を帯びたオーボエから始まり、民族色を感じるダイナミックで躍動的な旋律まで、聴きどころが盛りだくさんの作品です。
指揮 新通 英洋(しんどおり ひでひろ)
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桐朋学園、モスクワ音楽院において指揮を高階正光、尾高忠明、秋山和慶、黒岩英臣、小澤征爾、L.ニコライエフ、V.シナイスキーの各氏に師事。英国ロイヤルオペラハウス、イングリッシュ・ナショナルオペラ、ウエルシュ・ナショナルオペラのリハーサルで学び、またBBCウェールズ交響楽団において尾高忠明氏についてさらに研鑽を重ねた。第5回フィテルベルク国際指揮者コンクールにおいて第2位ならびに特別賞受賞。ワルシャワでシンフォニア・ヴァルソヴィアを指揮してヨーロッパ・デビュー。日本テレビ「深夜の音楽会」横山幸雄氏のショパン:ピアノ協奏曲全曲演奏に読売日響と共演したほか、G.シャハム、E.モギレフスキー、飯田みち代、佐々木典子、高橋多佳子、四部京子、松田昌恵、丸山泰雄の各氏をはじめとする多くのソリストと共演。独奏者からの信望も厚い。近年はアルマ・マーラー歌曲全曲演奏など管弦楽の響きが醸成される異色派伴奏ピアニストとしても評価が高まっている。これまでに大阪フィル、神奈川フィル、群馬響、札幌響、東京響、東京シティフィル、東京フィル、名古屋フィル、日本フィル、読売日響、ポーランド国立シレジア・フィル、シンフォニア・ヴァルソヴィア、東京佼成ウインド等を指揮。2015年11月にはバンコク交響楽団に客演の予定。オペラでは読売日響、札幌響による歌劇「ピーター・グライムズ」公演で尾高忠明氏の副指揮者を務めたほか、豊田市コンサートホールでの喜歌劇「こうもり」、梅若六郎氏演出による歌劇「カーリュー・リヴァー」、名古屋二期会:歌劇「森は生きている」、かんでんオペラ:歌劇「後宮からの逃走」(大阪フィル、関西二期会)等を指揮し高く評価された。ライフワークとして探求し続けているベートーヴェン全交響曲のほか、バッハ「マタイ受難曲」、ヘンデル「メサイア」等、宗教曲や合唱音楽の研究にも意欲的に取り組んでいる。レクチャーを含む講演等も好評でBSN新潟放送ラジオの朗読番組では一年間に渡りエッセイを執筆。最近では新国立劇場開場15周年シーズンオープニング公演となった歌劇「ピーター・グライムズ」の特設ウェブサイトにエッセイ「グライムズの夢と悲劇」を寄稿。指揮者・ピアニスト・講演・文筆活動にと今後益々の活躍が期待されている。愛知県立芸術大学、徳島文理大学、上越教育大学大学院非常勤講師を歴任。2015年4月より世田谷フィルハーモニー管弦楽団音楽監督に就任。大阪音楽大学特任准教授としても教鞭を執る。
名古屋シンフォニア管弦楽団について
Nagoya Sinfonia Orchestra
1982年に名古屋を中心に活動する音楽愛好家により結成されました。その後、地元名古屋はもちろんより全国各地から来た転勤者も多く加わり、現在では、約90名規模のオーケストラに成長しています。年2回の定期演奏会も中断することなく開催し続け、2012年に30周年を迎えることができました。
練習は原則として毎週日曜日に、厳しい中にも楽しく充実感を得られる内容を心がけています。また多くの先生方より、演奏技術、音楽論、さらに人生論(?)までご指導をいただきながら活動しております。舞台から溢れる音楽を愛する喜び、そういったものがお客様に伝わり共に楽しめるステージになれば幸いです。
ボロディン:歌劇「イーゴリ公」より「韃靼人の踊り」
自称『日曜作曲家』のボロディンは1833年、サンクトペテルブルクで生まれました。サンクトペテルブルク大学医学部を最優秀の成績で卒業し、アルデヒドの研究で化学者として多大な業績を残し、収入を得ていた一方でロシア5人組の「一人として、交響詩「中央アジアの平原にて」、弦楽四重奏曲などの作品を残しています。
1869年、交響曲第1番が初演され、交響曲第2番の作曲に取り組んだ頃に、歌劇『イーゴリ公』の作曲にも着手しました。ところが、この作品を完成させる前に、1887年の謝肉祭で友人たちと上機嫌で歌って、踊って、楽しんでいた時、動脈瘤が破裂し、ボロディンは急死してしまいました。その後、リムスキー=コルサコフとグラズノフによって、この作品は完成されました。
『韃靼人の踊り』は歌劇『イーゴリ公』第2幕の序曲で、曲の構成は次の通りです。
序奏(Andantino)、娘たちの踊り(Andantino)、男たちの踊り(Allegro vivo)、全員の踊り(Allegro)、
少年たちの踊りと男たちの踊り(Presto)、娘たちの踊りと少年たちの踊り(Moderato alla breve)、
少年たちの踊りと男たちの踊り(Presto)、全員の踊り(Allegro con spirito)
『娘たちの踊り』の旋律は編曲・カバーされて、テレビCMなどでも取り上げられています。本日は合唱パートを省いて演奏いたします。荒々しく土着的なリズムと叙情的で甘美なメロディーを理性的にコントロールし、丁寧に音を奏でるのが練習の課題でした。果たして、その成果は…。
コープランド:アパラチアの春
舞台は19世紀前半、アメリカ東部ペンシルヴェニアの山岳地帯に春が訪れ、新しい農場では陽の光と人々の祝福の中、若い開拓者の結婚式が始まります。
コープランド(1900-90)の代表的なこのバレエ音楽は、振付家グレアムの委嘱により、音楽をコープランド、舞台装置をイサム・ノグチが担当し、1944年にワシントンの音楽祭でグレアム・バレエ団によって初演されました。もとは13楽器のための作品でしたが、のちに作者自身によって、オーケストラ編成の組曲として書き改められています。
全体は7曲に分かれていますが、休みなく続けて演奏されます。
第1曲 非常にゆるやかに:新築の農家で行われる開拓者の結婚式に集まった登場人物を、スポットライトをあてて紹介する導入場面。
第2曲 アレグロ:弦楽器のユニゾンがにわかに現れ、婚礼の祝宴がはじまります。活気にあふれた参加者たちの気持ちが表現されています。
第3曲 モデラート:間奏曲風の部分で、やさしく情熱を秘めた新郎新婦のデュオの場面。
第4曲 速く:信仰覚醒家とその信徒たちの踊り。愉快なスクエア・ダンス風の音楽。
第5曲 さらに悠々と:花嫁の踊り。これからの暮らしへの、喜びとおそれと驚きを表しています。
第6曲 モルト・モデラート:導入部の回想。なだらかな調べが、第1曲の静かな雰囲気をよみがえらせます。
第7曲 シェーカー教徒の讃美歌≪Simple Gifts ささやかな贈り物〉が主題として提示され、5つの変奏が連なります。やがてコラール風のコーダへと移り、人々は新居を引きあげます。あとには新夫婦が残され、希望に満ちた将来に思いを馳せながら、敬虔な祈りをささげるところで静かに幕を下ろします。
コープランドの作風は、初期において、近代フランス楽派の影響を受け、また、ジャズの技術的要素を積極的に採り入れるなど、独創性と意外性をそなえた急進的なものでした。しかし、その後の大恐慌や世界大戦といった社会情勢の変化に伴い、作風は変化してゆきます。この時代に至るとコープランドは「無理やりにでも単純化した」音楽を旗印に掲げ、『エル・サロン・メヒコ』などの平易な作風を見せ、大衆との関わりを重視して労働歌も作りました。西部のならずものを主人公とした『ビリー・ザ・キッド(1938)』や、ゲティスバーグの演説を用いた『リンカーンの肖像(1942)』といった作品が続けて世に出され、そして、ほぼ同時期に発表された『アパラチアの春』では、古き善き農村の信仰共同体を描き、非常に高い評価を得ました。
大戦終了後は、再び抽象的な作風に移行し、音列技法も採用しています。70年代以降は新語法の開拓に苦慮し、きわめて寡作となりました。コープランドは、最晩年に次のような言葉を遺しています。「私の音楽は、悲劇的に響くときでさえ、人生の肯定であり、命の大切さの肯定であると私は考えている。もしすべての作品を束ねる中核がそこにあるとすれば、それは肯定の感覚である。」
参考文献
・ラルース世界音楽作品事典
・名曲解説全集 管弦楽曲 音楽之友社
・奥田恵二著「アメリカ音楽」の誕生 河出書房新社
チャイコフスキー:交響曲 第5番
チャイコフスキー、とにかく人気があります。情緒豊かなメロディーと絢爛豪華なオーケストレイションで聴く人を飽きさせません。また、親しみやすく、子供の頃に聴いた「くるみ割り人形」や「眠りの森の美女」からクラシック古楽に入った方も相当いらっしゃるでしょう。
彼の魅力を再確認するため弦楽セレナードを聴いてはいかがでしょう。弦楽器だけであれだけの世界を描く作曲家が、さらに木管、金管、打楽器といった彩りを与えたらどんなことになるだろうかと想像していただければと思います。
演奏者にとっても、すべてのパートに「おいしい譜面」がちりばめられ、オケ全体、やる気ムンムンで取り組める作品が多くあります。(勢い余ることも‥・)
そんなチャイコフスキーの傑作交響曲なのですが、意外と深刻なテーマを持っているようで‥・。
【第1楽章】クラリネットによる、とんでもなく重苦しい歩みのメロディーで始まります。(この表現はクラリネットにしかできないと思います。)全編を通して重要なメロディーですから是非憶えてください。多くの解説書で「運命の動機」と書かれています。ごく小さな音量で始まりますが、否応なしに集中して聴くことになる仕掛けがあるように思います。
この動機が終わると、いきなりどこか陰鬱さを残した舞曲が始まります。ここからが「本編」のスタートのようです。音楽は華麗さを増してチャイコフスキーの本領発揮!のはずが、突然断ち切るように激しいリズムの応酬になってしまいます。運命とか宿命に抗って闘っているようです。音楽はさらにスペクタルに展開して、妖艶な美女の円舞、猛々しい狩人の角笛の響きなど、様々な場面を見せますが、再度のリズムの激しい応酬から兵営に帰る歩兵達の足音が現れ、軍隊ラッパを伴いながらドラマは不可解さの中へフェイドアウトしていきます。
【第2楽章】ひたすら美しいホルンのソロ、さらに情感豊かに絡む木管の調べ、うっとりしながら気分が盛り上がってくると、いきなりトランペットが「運命の動機」を叫びます。それに呼応してバストロンボーン(オーケストラで屈指の破壊力を持つ金管楽器)が、聞き覚えのあるリズムを叩きつけてきます。ベートーヴェンの「運命」。ついに楽聖の力まで借りてきて運命の受容を強います。それでもと、もう一度夢の世界への逃避を試みますが、再度運命の宣告を受け、あまりもの衝撃に肉体は打ちひしがれ、絶望し泣き疲れていると、ふと、それでもちっぽけな自分が生きていることに気づき、そっと空を見上げるように曲は終わります。
【第3楽章】優美なワルツ。チャイコフスキー万歳=チャイコの世界にどっぷり浸ってお楽しみ下さい。しかし、宴のあとに運命の囁きが聞こえてきます。
【第4楽章】満々と流れる大河のような「運命の動機」から、一瞬の静寂をはさむと、いきなり床を激しく踏み鳴らすロシア舞曲で祭典が始まります。スピード感溢れる華やかなステージが広がります。そして、お祭り騒ぎも最高潮に達すると、再度金管楽器が「運命の動機」を高らかに歌い、群集の喝采を導き、ドラムロールと共に大団円を迎えます。
さあ勝利の行進曲です。運命との闘いに打ち勝ちオーケストラは誇り高く歌います。ロシア舞曲もちらりと登場し、ついに第1楽章で現れた舞曲も勝利の行進曲に昇華して響き渡ります。そして…最後に……何ということでしょう、ベートーヴェンの運命に叩きのめされて曲は終わってしまいます。
作曲者の初期の創作ノートには「導入部。宿命への、要するに、神の摂理の不可解な意図への完全な服従」という記述があったそうですが、皆さんはどのように考えますか?
「アメリカ的」なもの 高萩 泉
『アパラチアの春』の後半、第7曲目、木管楽器に始まる美しい旋律がある。この旋律、コープランド自身も気に入ったのか、後に管弦楽付の歌曲集『アメリカの古い歌』(1950)でもそっくりそのまま顔を出す。吹奏楽でもよく演奏されるし、彼の作品の中でも一番よく知られたメロディといってよいだろう。もっともこの曲はコープランドのオリジナルではない。アメリカのキリスト教の宗派の一つ、シェーカー派の聖職者ジョセフ・ブラケットの手になるもので“Simple Gifts”と題された讃美歌である。歌詞を意訳すると「つつましくあることは、神からの贈り物である」という感じか。シェーカー派は18世紀後半、イギリスからの移民、アン・リーによって創始された。彼らは質素・倹約・禁欲などを宗旨とし、私有財産を排した共同生活による自給自足のコミュニティを各地に建設した。原始共産制のような社会を目指したこの宗派は、農民や労働者の支持を集め、19世紀半ばには全米で6千人の信徒を獲得し19の共同体を建設するまでになる(ちなみにシェーカー派の名前は彼らが主への祈りの際に体を揺らすことに由来する)。
アメリカ東部ペンシルヴェニアの開拓(先住民にとっては「収奪」だが)をテーマにしたバレエ作品を振付師のマーサ・グレアムから委嘱されたコープランドは言う。「この曲の作風を示唆したのはマーサの人となりだった。律儀で控えめで素朴だったがたくましくもあった。…こうした特質を我々はアメリカ的と考える」。コープランドがここで目指したのは自身の言葉で言うところの「アメリカ的雰囲気」だった。若いころ、モダニズム芸術や社会主義思想に傾倒していたコープランドだが、1930年代後半には、自ら「外から課された単純さの様式」と呼ぶ表現を追求するようになる。1938年に作曲された『ビリー・ザ・キッド』はカウボーイの歌を引用した親しみやすい作品となった。
『アパラチアの春』は、作曲された当初、楽譜にはただ「マーサ(グレアム)のためのバレエ」と書かれているだけで、特にタイトルは付けられていなかった。ハート・クレイン(1899-1932)の詩集『橋』(1930)の一節から『アパラチアの春』というタイトルを提案したのはグレアムである。クレインは自由な作風で知られたが、社会からは評価されず、酒に溺れた。また同性愛の性癖からのトラブルもあって、メキシコからの帰途、船から海へ飛び込んで行方不明になっている。ゲイル・レヴィンによれば、1920年代後半から批評家ローゼンフェルドの集まりに顔を出すようになっていたコープランドはそこでクレインと出会っている。自身も同性愛の嗜好を持つコープランドが特にクレインに特別な好意を寄せたかは定かではないが、彼はクレインの作品を高く評価していたという。バレエ自体はアパラチア山脈そのものをテーマにしたわけではないが、コープランドはグレアムの提案を受け、この作品を『アパラチアの春』とした。
このコラムでもお馴染みのイギリスの思想家コリン・ウイルソンはコープランドのことを「・・・なるほど個性的な感じはある。しかしながらそれは一流作曲家の感じではない」なんて言っている。ウイルソンにはコープランドの「アメリカ的」なものがわざとらしく映ったようだ。彼に言わせればコープランドの第3交響曲は「西部紀行映画用に委嘱された音楽」だし、「『アパラチアの春』はかなり楽しい曲だけれども…アメリカの生んだもっとも立派な管弦楽曲かといえば、もちろんそうではない」となる。色んな意見があるね。
さて、冒頭で述べたシェーカー派の信徒は、今日では僅かな数となった。しかし、その共同体で作られた家具は先進的なデザインが再評価されている。また、讃美歌“Simple Gifts”は、今も様々に編曲され親しまれている。オバマ大統領の就任式で、ヨー・ヨー・マらが演奏したことは記憶に新しい。その時の編曲はジョン・ウィリアムズであった。
~団員のひとりごと~ 拍手について
演奏会でお客さまからいただく拍手は、プレイヤーにとってうれしい限りです。
でも、お客さま(聞く側)にとっては、拍手について迷いや疑問を感じることがあるのではないでしょうか?? ここでは、オーケストラの演奏会の拍手について、ひとりつぶやきたいと思います。
⑮ いつ拍手をするの?
クラシック音楽では、複数の曲がひとつの曲を構成していることがあります。その場合の拍手は、最後の曲が終わった後、というのが「暗黙のルール」になっています。私も演奏会に行くと、初めて聞く曲に遭遇することがありますが、そんなときは、事前に演奏会のプログラムで曲の構成を確認します。
例えば、本日演奏するチャイコフスキーの「交響曲第5番」には、こう書いてあります。(6ページ)
【第1楽章】クラリネットによる、とんでもなく重苦しい歩みのメロディーで始まります。…
【第2楽章】ひたすら美しいホルンのソロ、…
【第3楽章】優美なワルツ。…
【第4楽章】満々と流れる大河のような「運命の動機」から、…
1~4楽章の4曲で構成されていることが分かるので、「拍手は4曲目(第4楽章)の後」になります。
でもクラシック音楽は曲者(くせもの)です。というのはそれぞれの曲がいつ終わったのか、分からない時があるからです。消え入るように終わることもあれば、全員参加の大音量の和音で終わったかと思わせた後、さらに続くこともあります。
私は、曲が終わりそうな時は、指揮者を見るようにしています。音が聞こえなくても、大団円のような雰囲気を感じても、腕が腰より上にあったら音楽は続いています。腕が「だらーん」とした時が終わりです。
曲の途中の拍手には、会場全体が戸惑います。お客の立場なのにおかしいですが、初めて聞く曲では緊張しながら最後の瞬間をとらえ、曲の数を指折り数えています。
どのくらい拍手をするの?
オーケストラの演奏会では、曲が終わった後の拍手に対し、指揮者が代表して感謝の気持ちを表し(お礼をして)、舞台袖に退場します。
この段階で拍手終了、でも構わないのですが、もし印象に残った、頑張ったプレイヤーがいたら、もう少し続けて拍手をお願いします。指揮者が舞台に再度登場して、ベストプレイヤーズを紹介します。
また、演奏会の最後の曲の時は、さらに続けていただけましたら、また指揮者が登場します。ここまで拍手が続きますと、プレイヤーにとっては夢見心地のひとときであり、演奏会の成功を確信する時でもあります。
ちょっと厚かましい?ことも言ってしまいました。そもそも拍手するかしないか、どのくらい続けるか、大きくいくか・小さくいくかは、お客さまの気持ち次第、拍手はお客さまの奏でる「音楽」です。
お客さまからの最高の音楽が聴けるよう、本日も団員一同、心をこめて演奏いたします!

