名古屋シンフォニア管弦楽団
Nagoya Sinfonia Orchestra
<ご案内>
■シュトラウス2世作曲:喜歌劇「こうもり」序曲
1874年にウィーンで初演された喜歌劇「こうもり」は、とある夫婦を取り巻く、コントのようなドタバタ劇です。コミカルなメロディが聴衆を劇場とともに物語へ誘います。優雅なウィナー・ワルツも魅力的な名曲です。
■ブラームス作曲:ハイドンの主題による変奏曲
1873年にウィーンで初演されたこの曲は、「ハイドン変奏曲」の略称や、変奏曲の主題に用いられた「聖アントニウスのコラールによる変奏曲」の別称でも親しまれています。木管楽器が奏でる素朴な雰囲気の主題は8つの変奏に姿を変え、華やかな終曲がこの曲を締めくくります。終曲自体も変奏曲となっており、ブラームスの高い作曲技術を味わえる作品です。
■ドヴォルジャーク作曲:交響曲 第6番 ニ長調
ドヴォルジャークらしいチェコの舞曲や民族らしさはもちろん、ブラームスの交響曲第2番のような、穏やかで牧歌的な雰囲気も楽しめます。ウィーン・フィルのため作曲され、1879年のウィーンでの初演時、ドヴォルジャークはブラームスの隣席で手応えを確かめていました。彼の代表作である交響曲第9番「新世界より」に比べて演奏機会にあまり恵まれない曲ですが、少し早く春の穏やかさを感じてみてはいかがでしょうか。
指揮 佐伯 正則 さえき まさのり
国立音大卒業。大学卒業後指揮活動をはじめる。
1999年〜2000年仙台フィル副指揮者を務め、外山雄三、梅田俊明両氏のもとで研鑽を積み、いままでに東京シティ・フィル、東京フィル、名古屋フィル等を指揮するほか、ヨウコ・ハルヤンネ、川田知子、須川展宏各氏等、国内外の演奏家と共演するなど幅広く活動している。
オペラにおいてはバッハ音楽祭で「愛の妙薬」を指揮するほか、大田区民オペラ、新国立劇場等でG.アルブレヒト、飯守泰次郎、新田ユリ、宮松重紀各氏の副指揮者を務める。
またジュネス青少年音楽祭で円光寺雅彦氏のアシスタントを務めるほか全国各地のアマチュアオーケストラの指揮をし、ナズドラヴィ・フィルとは交響曲第1番の日本初演を含むドヴォルジャーク全交響曲演奏を達成する。
指揮を新田ユリ氏に、トロンボーンを佐藤菊夫、新立憲一、箱山芳樹各氏に、室内楽を北村源二、伊藤清両氏に師事。山梨学院非常勤講師。日本ワーグナー協会会員。
名古屋シンフォニア管弦楽団
1982 年に愛知県内のアマチュア音楽家有志によって結成され、2022年に創立40周年を迎えた老舗のアマチュアオーケストラです。音楽とアンサンブルをこよなく愛する、年齢も職業も様々なメンバーで構成され、年2回の定期演奏会を続けています。指揮者をはじめ経験豊富なプロの先生方による熱心な指導のもと毎週練習を重ね、お客様にも楽しんでいただけるような演奏会を目指して活動しています。
ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」序曲
ヨハン・シュトラウス2世作曲の喜歌劇「こうもり」序曲は、ニューイヤー・コンサートでもおなじみの曲で、皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
「こうもり」は、歌劇=オペラではなく、喜歌劇=オペレッタ。喜劇的な筋立てに歌や踊りが織り込まれた作品です。物語は、裕福な主人公アイゼンシュタインが、友人のファルケから、あれこれと手の込んだ仕返しをされるという、ユーモラスな騒動を描いています。
なぜファルケはアイゼンシュタインに仕返しをするのでしょうか。それは、かつて仮装舞踏会の帰りに、こうもりの仮装をしたまま泥酔し、道端に置き去りにされた恨みがあるからです。その姿を見た子供たちから「こうもり博士」というあだ名をつけられてしまったファルケ。この劇の題名は、彼の仮装姿に由来していたのですね。
元気よく始まる序奏に続いて、オーボエがやわらかなメロディを奏でます。その後も劇中のさまざまな旋律が次々と登場し、やがて時計の鐘を思わせる6つの音が響きます。これは、主人公が刑務所の所長と知らずに意気投合し、飲み明かした翌朝の6時を思わせる場面です。また、中盤に現れる悲しげなオーボエの旋律は、劇中のファルケが仕掛ける嘘泣きの場面を連想させます。物語の中でファルケがさまざまな罠を仕掛けるように、序曲にも音楽的な仕掛けが散りばめられています。そして、ワルツやポルカを思わせる軽快な舞曲へと展開し、最後はそれまでに登場した旋律がにぎやかに再現され、華やかな気分の中で全曲が閉じられます。
明るく煌びやかなワルツが響き、聴いていると、まるで舞踏会に参加しているような気分になる一曲です。ぜひお楽しみください。
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 作品56a
江戸幕府の最高職の一つ、老中。西暦1603年から260年続いた江戸時代末期の1834年、野心家の大名水野忠邦はその座に就いた。その前年、ヨハネス・ブラームスはドイツ北部、ハンブルクの貧しい家庭に誕生した。不安定なニトログリセリンの安定化と雷管の発明によりダイナマイトを完成させたアルフレッド・ノーベルも同年に誕生し、両者ともに63歳で生涯を閉じるが、その影響力は120年以上経った現在まで尾を引き、その存在感は未だ途切れる気配がない。
家業の呪縛から逃れるために家を出てコントラバス奏者になったブラームスの父は、息子の音楽的才能に気付き、5歳からチェロを教え始める。ピアノに興味を持った彼は7歳からピアノのレッスンを受け、10歳で初めて舞台に立った。その才能が音楽界に認められたことで高度な音楽教育の機会を得ると、本格的に音楽家を目指して音楽理論や作曲の勉強に熱心に取り組んだ。
その頃、強引に進めた天保の改革の失敗により水野忠邦は失脚する。その陰で、腹心であった遠山の金さんは庶民を苦しめる政策に反対することで庶民の人気を獲得するが、その人気は170年後の現在のお茶の間にまで尾を引き、その存在感は未だ途切れる気配がない。
ロマン派の真っただ中に生きたブラームスであったが、当時流行りの音楽よりも古典派やバロックなど一昔前の音楽を好んだ。また、彼が崇拝したベートーヴェンがそうであったように自然や美しい景色を好み、ウィーン周辺の森の散策やイタリア旅行などを創作活動の糧にしていた。こうした記録からも、彼の内向的でこだわりの強い性格が感じられる。完璧主義者であった彼は、出来が悪いと感じた自身の作品の多くを世に出す前に焼き捨てたとも言い伝えられている。正直で真面目、偉大な人物として扱われることを嫌い、経済的な余裕を得ても質素な暮らしを好み、匿名で多くの若い音楽家への支援を惜しまなかった。こうした人間性を持つ彼こそが、プログラム2曲目、「ハイドンの主題による変奏曲」の生みの親である。
この曲は、その名称から推測されるように、古典派の作曲家であるハイドンの作品の中から主題となる曲が選ばれ、それをベースにいくつもの変奏を連ねていくという構成だと思いきや、その主題の引用元である「ディヴェルティメント Hob. II: 46」は、当時ハイドン作とされていたものの、近年の研究によると実際には別の作曲家によるものである可能性もあり、この曲自体も古くから伝わる聖歌の旋律の引用であるとも考えられている。主題の出自がどうであれ、ブラームスの息が掛かった曲であるという事実は揺るがない。オーボエを中心とした主題による幕開け、それに連なる第1変奏から第8変奏、そして迎える終曲。変奏の中に漂うブラームスらしさをぜひ探してみてほしい。
最後に、オープニングのヨハン・シュトラウス2世とメインのアントニン・ドヴォルザーク。両者の生存期間はブラームスと重なっているが、プログラム上、面白いことにブラームスはそれぞれと密接な関係を持っていた。シュトラウスとは親密な友人関係であり、お互いが良き理解者であった。ドヴォルザークは、ブラームスが才能を認め支援した若い音楽家の一人でもある。江戸時代末期に生きた三人の作品が、自らの死後100年以上も後に肩を並べていることを知ったら、彼らは何を思うのだろうか。
ドヴォルザーク:交響曲 第6番 ニ長調 作品60
この交響曲第6番は、アントニン・ドヴォルザークが39歳の時、1880年に作曲した作品です。彼の交響曲の中で初めて出版された作品でもあり、作曲家としての転換期に生まれた一曲といえます。構成やハーモニーの厚み、各楽器の関係性など、新しい技法を模索していたのか、それともそれまでの集大成として昇華しようとしていたのか。その後の第7番以降の作品にはない、ちょっと荒削りな面も時折垣間見せる、巨匠と呼ばれる前の瑞々しい作品のように私には感じられます。
ご紹介をさせていただきます私は、ヴィオラを担当しております。そのため、ちょっとだけヴィオラ目線からのご紹介となりますが、どうかご容赦いただき、しばし戯言にお付き合いください。
第1楽章 Allegro non tanto
ホルンとヴィオラによるシンコペーションで始まり、木管群が第1主題を軽やかに歌い上げて曲が進行します。当時のドヴォルザークは、ボヘミア的・スラブ的な色彩を強めていた時期でもあり、情緒豊かなメロディが次々と展開していきます。
第2楽章 Adagio
木管楽器による吟唱のような素朴なメロディから始まり、木漏れ日のような温かさと叙情性にあふれた旋律が紡がれていく一曲。ヴィオラにもひときわ美しい旋律が回ってきます。ありがとう、ドヴォルザーク先生。
この楽章の目玉は、なんといってもフルートのソロでしょう。曲の終盤で4小節間、ほかの楽器の合いの手もハーモニーもなく、完全に孤立無援。たった一人で舞台をつなぐというプレッシャーは、絶対に真似できない、いや、したくないと思ってしまうのは私だけではないはずです。どうぞ温かい視線をお送りください。
第3楽章 Scherzo: Furiant (Presto)
チェコの伝統的な民族舞曲フリアントの様式を取り入れた、非常に熱狂的な一曲。2拍子と3拍子が交錯するような独特のリズムとアクセントが特徴で、ドヴォルザークらしい躍動感にあふれています。初演時にはアンコールとして再演されたことからもわかるように、キャッチーなリズムとメロディは、まさにドヴォルザークの真骨頂です。
この曲の聴きどころは、舞台最上段に構えるティンパニ。途中からメロディとなんか違う、ちょっとだけズレているように聞こえてしまうかもしれません。しかし、それは失敗ではなく「そう書かれている」のです。熱狂的な曲の進行に、あたかもお寿司のワサビのように効かせるドヴォルザークの職人芸といったところでしょうか。余談ですが、中間部の終わりに、こっそりとヴィオラにだけ同じリズムをやらせるのは、ホントやめていただきたいです、ドヴォルザーク先生。
第4楽章 Finale: Allegro con spirito
この楽章の見せ場は、なんといっても管楽器群の華やかなメロディ……と言いたいところですが、個人的には終盤の第1ヴァイオリンです。Allegroで始まったこの曲、最後はPrestoへと加速していきます。速度表記上、実に1.5倍ほどに加速するのですが、そのPrestoに入る直前に、あろうことか7小節間にわたって第1ヴァイオリンを剥き出しにします。それも唐突に。しかも、めちゃくちゃ難しいので、当楽団の誇る美男美女揃いの第1ヴァイオリンが鬼の形相で弾いております。どうかあまり見ないであげてください。
追伸:第4楽章もヴィオラはホルンと一緒に(一部、第2ヴァイオリンとファゴットも巻き込んで)元気よくリズムを刻んでおります。そちらもぜひ。

