名古屋シンフォニア管弦楽団
Nagoya Sinfonia Orchestra
<ご案内>
チャイコフスキーの悲愴交響曲はロマンティシズムとエネルギーに溢れた名曲です。悲しいだけの曲ではありません。フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」はお馴染みの童話をオペラにしたもので、そのエッセンスが詰まっているこの序曲は美しいハーモニーが特徴です。また、フランスの作曲家ドリーブのバレエ音楽「シルヴィア」から、楽しい4曲を集めた組曲をお届けします。
会場のある刈谷へは名古屋駅から最速約20分でアクセスも良く、お車でお越しの場合は無料駐車サービスもあります。
みなさまのお越しを心よりお待ちしております。
■曲紹介
・フンパーディンク作曲:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」序曲
ある日、ヘンゼルとグレーテル兄妹は仕事を怠けたお仕置きで、森に追いやられます。森にはお菓子の家で子供達をおびき寄せ、窯で焼いて食べてしまう魔女が住んでいて…。おなじみの童話を題材としたオペラの序曲で皆様を深い森のファンタジーの世界へお連れします!
・ドリーブ作曲:バレエ組曲「シルヴィア」
狩の女神シルヴィアと羊飼いの悲恋の恋愛物語を描いたバレエの音楽で、神秘的な雰囲気が全体に漂い、情緒が匂い立つロマンティックな4曲で構成されています。中でも3曲目「ピッツィカート」は弦楽器がその名の通り、弦を指で弾くピッツィカート奏法で演奏します。思わず踊り出したくなるような軽やかで美しいこの名曲は必聴です!お酒の神様をたたえる華やかな祭の音楽など、他にもお楽しみ満載です。
・チャイコフスキー作曲:交響曲 第6番 「悲愴」
この交響曲は4つの楽章から成り立っていますが、唯一、雄大に終わる第3楽章終了後で拍手が起こる演奏会もあります。全曲を通して強弱記号は pppppp(ピアノ6つ)から ffff(フォルテ4つ)まで幅が広く演奏者泣かせの一面もありますが、どの楽章もドラマチックで、作曲したチャイコフスキーの感情の豊かさや情熱が伝わる不朽の名作です。ここはどんな強弱記号が書かれているか?想像しながら聴いてみてください。
指揮 中村 暢宏 なかむら のぶひろ
96年愛知県立芸術大学卒業。指揮法を田久保裕一、A.ポリシュク、V.シノイスキーの各氏等に師事、ヴァイオリンを瀬戸瑤子、ヴィオラを兎束俊之、B.パスキエ、G.トイフェルの各氏等に師事する。
94年日本室内楽アカデミー奨励賞、96年第3回川崎音楽賞コンクール第3位など受賞。96年にドイツ・シュトゥットガルトへ留学し研鑽を積む。帰国後は東京フィル、名古屋フィル、群馬交響、セントラル愛知管など各地のオーケストラに客員奏者などとして活動。
指揮者として、セントラル愛知交響楽団、愛知室内オーケストラ、松本室内合奏団、富山シティフィル、浜松室内管など数多く客演。07年サンクトペテルブルグ国際指揮者マスタークラス参加。サンクトペテルブルグ国立交響楽団をベロゼルスキー宮殿にて同団を指揮。12年ブルガリア国立プロヴディフ・フィルハーモニー交響楽団定期公演に客演。紙面・放送で話題となった。13年にはウィーン楽友協会においてベートーヴェン:ミサ・ソレムニスを指揮。18年に再び登壇し、マーラー:交響曲第1番、ウィーン初演となる伊福部昭:シンフォニア・タプカープを指揮。満席のムジークフェラインにおいて万雷の喝采を浴びた。
これまでに一宮市消防音楽隊常任指揮者などを歴任。現在、名古屋市民吹奏楽団常任指揮者、プランタン管弦楽団常任指揮者、名古屋アマデウス室内管弦楽団音楽監督、椙山フィルハーモニーオーケストラ指揮者、椙山女学園大学シンフォニーオーケストラ指揮者など数多くにわたる。
名古屋シンフォニア管弦楽団
1982年に愛知県内のアマチュア音楽家有志によって結成され、2022年に創立40周年を迎えた老舗のアマチュアオーケストラです。音楽とアンサンブルをこよなく愛する、年齢も職業も様々な80名近いメンバーで構成され、年2回の定期演奏会を続けています。指揮者をはじめ経験豊富なプロの先生方による熱心な指導のもと毎週練習を重ね、お客様にも楽しんでいただけるような演奏会を目指して活動しています。
フンパーディンク作曲 歌劇「ヘンゼルとグレーテル」序曲
お菓子の家は子どもたちの(いえ、大人にとっても)夢ですが、恐ろしい魔女に捕まってしまい…と、皆様よくご存知のグリム童話。これをベースにオペラ版は、眠りの精や天使など豪華キャストが加わった、大人も楽しめる華やかな作品となっています。オペラ本作は2時間近くありますが、今回演奏する序曲は8分ほど。短い曲ですが、その中にオペラの様々な場面がぎゅっと詰め込まれた、言わばスペシャルダイジェスト版なのです。
さて、序曲ではオペラ内で現れる四つのモチーフがテーマとして使われています。
一つ目のテーマは「祈りの主題」。冒頭、美しい旋律をホルンが奏でます。眠りの精が「お眠りなさい」と歌うメロディーでもありますので、皆様、魔法にかかってしまわないようご用心ください。
そして、場面をガラっと一変させるトランペットの明るい音色が聞こえたら、それが二つ目のテーマです。こちらは魔女が使う呪文が元となっています。
三つ目のテーマは「朝の主題」。「朝が来ましたよ〜」と暁の精が告げるシーンです。思わず口ずさみたくなるような優しい歌を弦楽器が奏でます。
木管楽器とホルンの可愛らしいメロディーに移り変わると、魔法が解けて子どもたちが喜ぶ四つ目、「喜びの主題」となります。
これまで出てきた四つのモチーフが、展開されたり、組み合わさったりしながら繰り返し現れ、最後は「祈りの主題」に戻り、穏やかに曲が終わります。
様々なシーンを想像しながらお聴きいただくと、少し遠くまで冒険したかのようなワクワク感を感じていただけるのではないでしょうか。不思議な森に思いを馳せながら、どうぞ楽しい時間をお過ごしください。
ドリーブ作曲 バレエ組曲「シルヴィア」
「フランス・バレエ音楽の父」ともいわれ、当時二流作曲家の仕事とされたバレエ音楽に新たな魅力と優雅さを与えたドリーブは、母から音楽の手ほどきを受け、パリ音楽院でオルガン、作曲などを学びます。17歳からはオルガン奏者を務めつつ、リリック座のピアノ伴奏者としても働きました。「シルヴィア」は、ギリシャ神話をモチーフとした作品で、本日演奏する「交響曲第6番」の作曲者チャイコフスキーが「私の『白鳥の湖』はとうていシルヴィアの傍らにも存れないよ」と嘆いたほどの美しい曲で構成されています。
【あらすじ】
羊飼いのアミンタは狩りの女神に仕える妖精シルヴィアに恋をしますが、人間と妖精の恋は禁断の恋。そんな二人を愛の神エロスが近づけようとするものの、悪しき狩人オリオンがシルヴィアを自分のものにしようと、自分の住む洞窟に連れ去ってしまいます。しかし、シルヴィアは機転をきかせてオリオンを酔わせ、彼が酔いつぶれた隙に逃げ出します。最後にはエロスのとりなしによって、めでたくアミンタとシルヴィアは結ばれるというお話です。
第1曲 前奏曲〜狩りの女神(ファランドール)強く勇敢な狩りの女神の姿が浮かんでくるような荘厳なファンファーレで幕を開けると、女神に仕える妖精であるシルヴィアたちが登場し、狩りをたたえる踊りを繰り広げます。神聖な夜の森にこだまするような静かで神秘的なホルンの調べに続き、弦楽器がひそひそ話をするかのように奏でながら徐々に音楽を盛り上げていきます。中盤ではやや落ち着いた表情も見せますが、最後はまた金管楽器が華やかに響きわたり、狩りが終わります。
第2曲 間奏曲〜緩やかなワルツヴァイオリンによるかわいらしいテーマの後、クラリネットがゆったりとしたメロディーを奏で終わると、妖精たちが美しく舞うワルツが始まります。弦楽器によるワルツの中、軽やかに現れるフルートの音色…トウシューズを履いたバレリーナが目に浮かぶようです。
第3曲 ピッツィカート全曲中もっとも有名であるこの曲は、弦を指ではじくピッツィカート奏法で演奏され、中間部には木管楽器による甘美なフレーズもあります。まるでの実がはじけるようなピッツィカートのリズムが最後にはパチパチと勢いを増し、大きくはじけて曲が終わります。
第4曲 バッカスの行列足踏みのような前奏の後、トランペットによるファンファーレが他の楽器を従え、堂々とした行列が始まります。弦楽器による、思わず歩き出してしまいそうな楽しいリズム。その後、弦楽器の涼しげなメロディーも挟みながら、酒の神バッカスを讃える熱狂的な音楽の渦にどんどん巻き込まれていきます。終盤、再び第1曲の主題に戻った後、エンディングに向けスピードを増して盛り上がり、金管楽器の華々しい活躍を伴って、曲とともにアミンタとシルヴィアの恋物語も華々しく幕を下ろします。
チャイコフスキー作曲 交響曲 第6番「悲愴」
今回は交響曲「悲愴」をお届けします。チャイコフスキーの最高傑作と言われ、非常に人気があります。美しいメロディーと、フル編成のオーケストラの多彩な音色で、「悲愴」の雰囲気の中にも、綾なす錦を眺めているようなゴージャスな気分に浸ることもできます。
「悲愴」というタイトルですが、チャイコフスキーはフランス語で“Pathétique”と楽譜に書いています。これは1893年10月16日の初演のあと、弟のモデストと相談して書いたようです。“Pathétique”の邦題として「悲愴」と私たちは呼んでいますが、「悲愴」という言葉は日常ではあまりお見かけしません。「悲壮」とか「悲劇」なら使いますよね。モデストは「悲劇」"tragic"を最初に提案したがチャイコフスキーは選ばなかったそうです。「悲劇」では、何か具体的な悲しい出来事について書いた曲のようになってしまいます。「悲愴」のほうが深みがあります。
“Pathétique”、調べると「哀れな」「悲壮な」「心に迫る」という意味のようです。「悲愴」という邦題をよく思いついたものです。「愴」は、私たちの普段の生活には馴染みのない文字、漢和辞典によると「たましいを失ったように切なく悲しむ意」とあります。“Pathétique”をもう少し調べると、ギリシャ語の「パトス」に由来があり、「燃えるような興奮に満ちた」という原意であって、悲しみを表すものではなく、「情熱」と考えるべきという説も見られます。すると“Pathétique”がこの曲の何を表しているのか疑問を感じ始めます。本当に「悲愴」というタイトルで良かったのでしょうか。
作曲中のチャイコフスキーが手紙に書いています。
「新しい交響曲が思い浮かんだ。標題音楽だ。その標題は全ての人にとって謎となるような標題をもったものだ。」
そんなことを言いながらも初演後にタイトルを書いてしまうのですが、あくまでモデストの提案です。チャイコフスキーとしては「それも解釈のひとつかな。出版社もそのほうが売りやすいだろうし…」と妥協してしまい、心の中の標題は謎として隠してしまったのではないでしょうか。(チャイコフスキーは、この交響曲について語ることなく、初演の9日後、急逝してしまいます。)
さて、楽曲について。一般論的に、手短に説明すれば「深い闇から現れ、栄枯盛衰疾風怒濤の人生をへて、深い深い悲嘆の中に沈み込んでいく」とされていますが本当にそうでしょうか?練習中に感じたことを書いてみました。
第1楽章 - 「闇から生まれる何か、疾風怒濤の人生」途中ロシア正教の聖歌が聞こえ魂は癒されたかと思うと、すぐに嵐吹きすさぶ荒野に迷い込む。ようやく嵐も去り、雲間から神々しい光が現れ、魂はようやく安息を得たのだろうか。
第2楽章 - 「栄華の日々」夢の中の優雅なワルツ…のはずが何故か踊りにくい…。華やかに翻るドレスの裾に、何かがつきまとう。運命の影に怯えながら次第に意識が薄れる。
第3楽章 - 「前進」皇帝は塔から民衆を眺める。滑稽な小さな虫たちだ。ちょこまかと動き、時には運命の砲に狼狽する。しかし次第に歩調を合わせ、私の王宮に波濤となって押し寄せてくる。最後に運命の鉄槌。蹴散らされたのは誰だ!
第4楽章 - 「終焉」深い嘆き、激しく揺さぶられる感情。慟哭と放心を重ね「私は何と闘ってきたのだろう」とつぶやく。天上から厳かな銅鑼の響き。魂は運命との遭遇へ導かれ、肉体の束縛からも解き放たれ、かすかな脈動とともに消えていく。
終楽章終盤、激しい慟哭のあと、銅鑼に導かれるトロンボーン・チューバの合唱、暗い響きの和音で始まるのですが、次第に癒され心穏やかに魂を送り出していきます。今日、私は深く静かな感動をもって演奏していると思います。

