名古屋シンフォニア管弦楽団
Nagoya Sinfonia Orchestra
愛知県内で40年を超え活動しているアマチュアオーケストラの名古屋シンフォニア管弦楽団による第88回定期演奏会です。今回初めて、名古屋近郊の稲沢市にて開催します。
演奏会は、今回初共演となる石﨑真弥奈先生の指揮のもと、ウェーバーの歌劇『魔弾の射手』序曲で幕を開け、続くブルッフのヴァイオリンコンチェルトでは、メディアや映画にも出演されその溢れる才能で大きな注目を集めているヴァイオリニスト近藤瑠伊氏による渾身のソロをお楽しみいただけます。メインプログラムはショスタコーヴィチの交響曲第10番。ショスタコーヴィチ没後50年にあたる2025年からこの難曲に全力で取り組んできた当団の成果をどうぞお確かめください。クライマックスでは名古屋シンフォニアのサウンドをホールいっぱいに響かせます!
指揮 石﨑 真弥奈 Mayana Ishizaki
東京音楽大学指揮専攻卒業、同大学院指揮研究領域修了。
指揮を広上淳一、高関健、下野竜也、汐澤安彦、時任康文、三河正典の各氏に師事。2016年PMFのコンダクティング・アカデミーに選出され、ジョン・アクセルロッド氏に師事。
2011年度、公益財団法人新日鉄住金文化財団の指揮研究員に選ばれ、紀尾井ホール室内管弦楽団などで研鑽を積む。
2017年イタリアにて、第2回「ニーノ・ロータ国際指揮者コンクール」でニーノ・ロータ賞(優勝)および聴衆賞(マテーラ、ターラントの各地にて)を受賞。2012年、第16回東京国際音楽コンクール〈指揮〉において入選(1位~3位なし)、同時に聴衆賞を受賞。 これまでに、読売日本交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、日本センチュリー交響楽団、大阪交響楽団、札幌交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、山形交響楽団、群馬交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、広島交響楽団、兵庫芸術文化センター管弦楽団、岡山フィルハーモニック管弦楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢、セントラル愛知交響楽団、関西二期会、東京佼成ウインドオーケストラ、広島ウインドオーケストラ、ぱんだウインドオーケストラなどと共演。 オペラにおいては、モーツァルト「魔笛」、フンパーディンク「ヘンゼルとグレーテル」、プッチーニ「修道女アンジェリカ」、「ジャンニ・スキッキ」などを指揮。また、日生劇場、日本オペラ振興会、神奈川県民ホールなどにて、音楽スタッフとしても研鑽を積んでいる。
東京音楽大学非常勤講師
ATI認定アレクサンダー・テクニーク教師
ヴァイオリン独奏 近藤 瑠伊 Rui Kondo
2歳よりヴァイオリンを始める。
これまでに第25回日本演奏家コンクール第1位、Danubia Talents Liszt International Music Competition 2022 1st prize、第24回、26回、28回みえ音楽コンクール第1位および三重県知事賞、第16回セシリア国際音楽コンクール第1位、第12回、14回、15回ハマのJACKコンチェルトソリストオーディションJACK賞、第4回白寿こどもヴァイオリンコンクール第2位、第1回横浜国際ヴァイオリンコンクール第1位および準グランプリ、第9回下田国際音楽コンクール金賞およびグランプリを受賞。11歳で東京フィルハーモニー交響楽団と共演。小栗まち絵氏、植村太郎氏、林こずえ氏に師事。
第1回、第2回、第3回ザハール・ブロン ヴァイオリン・マスタークラス in 宗次ホールに参加し奨励賞を受賞。
第16回ミュージックアカデミーinみやざき2023マスタークラスを最年少で受講。
国際音楽祭NIPPON2024に参加し諏訪内晶子氏、Benjamin Schmid氏のマスタークラスを受講。
2024、2025いしかわミュージックアカデミーを受講。
ヴァイオリニストとしての活動を日本テレビ「every.」、NHK「まるっと!」「ぐるっと」、中京テレビ「キャッチ!」で特集され好評を得る。映画「ベートーヴェン捏造」に主人公の幼少期役でヴァイオリニストとして出演。
幼い頃から慈善活動に力を注ぎ医療機関、福祉施設、高齢者施設、幼稚園や保育園へ音楽を届けるコンサートを積極的に開催している。
使用楽器は(株)日本ヴァイオリンを通じて匿名のオーナーより貸与された1841年製『Giuseppe Antonio Rocca』。
名古屋シンフォニア管弦楽団 Nagoya Sinfonia Orchestra
1982年に愛知県内のアマチュア音楽家有志によって結成されて以来40年以上活動を続けている老舗のアマチュアオーケストラ。大学生からゴールデンエイジまで幅広い年代にわたる約70名の団員で構成され年2回の定期演奏会を続けています。
経験豊富なプロの指導による練習を中心とし、お客様にも楽しんでいただける演奏を目指して全員が協力しながら活動しています。
ウェーバー:歌劇『魔弾の射手』序曲
ドイツの作曲家カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786-1826)によるオペラの代表作"Der Freischütz"は日本では『魔弾の射手』という名で知られていますが、さて「魔弾」とは何でしょう?
悪魔が作った百発百中の弾丸とも言われますが、このオペラの設定では、「6個の弾はすべて狙い通り的に当たるが、7つ目は悪魔が決めた的に当たる」という恐ろしい呪いがかけられています。物語の主人公マックスは、美しいアガーテとの結婚を認めてもらうため射撃大会で優勝したいけど調子がいまいち。そこに悪い友人カスパールがつけこみます。そのかされて「魔弾」を射ることになったマックス。実はカスパールは7つ目の弾がマックスに当たるよう企んでいました。しかしマックスが射た7つ目の弾はなぜかアガーテを目指して飛んで行き、最後に倒れたのは…。
本日演奏する短い序曲でも、このオペラの雰囲気を味わっていただけるかと思います。静かな森を思わせるホルンの響きのあと、しだいに暗雲立ちこめ、スリリングな展開に至ります。でも最後は明るく終わります。そう、アガーテはバラの花冠に守られ、倒れたのはカスパールでした。悪いことをすると魔弾が当たるのでご注意を。
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調
本日演奏するヴァイオリン協奏曲の作曲者 マックス・ブルッフは、1838年にドイツのケルンで生まれました。当時は後期ロマン派の時代。古典的なブラームス派と、進歩的なワーグナー派に分かれて対立していました。ブルッフは、ブラームスと仲が良く、ブラームス派に属しました。
ヴァイオリン協奏曲第1番は1864年から68年にかけて作曲されました。名曲誕生の裏側には、天才ヴァイオリニスト ヨーゼフ・コアヒムがいました。ヨアヒムはブラームスのヴァイオリン協奏曲の初演をつとめたことでも知られていますが、この作品もヨアヒムの助言によって大成功をおさめました。
作品の形式はかなり自由で、第2楽章のアダージョを曲の中心に据え、1楽章がとても短く、2楽章の序奏のようです。しかも、1楽章と2楽章の間がアタッカで(休みなく)続けて演奏されるという独創的なものです。
美しい旋律がちりばめられたこの作品は、現在にいたるまで、多くのヴァイオリニストのレパートリーとなっています。ブルッフ自身、「旋律は音楽の魂」と語り、ピアノの達人だったにも関わらず、「ヴァイオリンは旋律を良く歌うことができる」と言って、あえてヴァイオリンという楽器を好んで作曲しました。ヴァイオリン協奏曲はこのほかにも2曲(第2番、第3番)を作曲しましたが、残念ながら当時からあまり演奏されず、本人もそれを苦々しく思っていたようです。
そして晩年まで作曲をつづけ、100余余の作品を残し、1920年に82歳で亡くなりました。
さて、ブルッフは、自身とブラームスを比較して、次のように語っています。
「ブラームスが亡くなって10年経つが、今でも多くの名声があり、(中略)しかし予言するように、時間が経てば経つほど彼は評価されるようになり、私の作品はほとんど顧みられなくなるだろう。今から50年後、彼は歴史上最高の作曲家の一人として浮かび上がり、一方私は、あのト短調ヴァイオリン協奏曲を書いたことを思い出されるに過ぎない」(出典:『音楽の創造と霊感』)自分のことをこれほど冷静に予言できるとは!
いえいえ、そうとも言えません。ある演奏家は、第2番こそ素晴らしいと語っていました。この機会に全3曲を聴き比べるのもいかがでしょうか。
ショスタコーヴィチ:交響曲 第10番
ドミトリー・ショスタコーヴィチは1906年生まれ。母は8歳の彼にピアノを教え始めた。彼は絶対音感があり、易々と楽譜を読み、聴いた音楽を暗記して演奏できた。13歳でペテログロード音楽院に入学、交響曲第1番はその卒業作品で19歳の時に初演された。29歳の時、当時人気だった彼のオペラを「音楽ならざる荒唐無稽」と批判する記事がソ連共産党機関紙に載り、「人民の敵」というレッテルが貼られた。ソ連の指導者スターリンは自分の気に入らない国家の方針に適合しない芸術家を処刑したり流刑にしていた。31歳、交響曲第5番で復活をとげる。しかし、41歳で、ジダーノフに主観主義、音楽言語を意図的に複雑にした形式主義者と批判される。スターリン時代、彼の作品には上演禁止となるものもあった。交響曲第10番はスターリンの死後、46歳の時に書き始められている。彼は「この作品の中で、私は人間の感情と情熱を描きたかったのだ」「熱烈に平和を愛し、戦争への移行に反抗し、地上における人類の使命が破壊ではなく創造にあると考えるような、現代の人々の思想や希望を表現しようとしたものだ」としか述べていない。作品の詳細を語ることは彼にとって危険だった。
彼の言う人間の感情と情熱とは愛だと思う。そしてテーマの一つは死であろう。しかし、音楽家としても人間としても命を脅かされたのであれば、いくつかの意味を曲に込めていてもおかしくはない。例えば政権の方針に合う解釈ができるような内容と個人的なメッセージである。この曲をベートーヴェンの「運命」のように苦難からの勝利と解釈することもできる。
第10番には2人の名前が刻まれている。1つは、レ(ドイツ音名D)-ミ♭(Es=S)-ド(C)-シ(H)というショスタコーヴィチ(イニシャル:Д.Ш.がドイツ語表記でD. SCH.=Dmitri Schostakowitschとなる)の署名。もう1つは、ミ(E)-ラ(イタリア音名La)-ミ(Mi)-レ(Re)-ラ(A)というエルミーラ・ナジーロヴァ(ELMIRA Nazirova)というピアニストで作曲家であった女性の名前である。作曲当時彼には最初の妻ニーナがおり、エルミーラにも夫がいた。2人が会う機会はあり、手紙のやり取りがあった。彼はエルミーラへの手紙にチャイコフスキーの『エフゲニー・オネーギン』から「あなたを愛しています」の楽譜を書いている。
第1楽章冒頭の低弦のメロディ、ミ(E)-ファ♯-ソ-レ♯(Dis)-ファ♯-ラは「エルミーラよ、ドミトリーの元へ」とも解釈できる。スターリン時代に暗い音楽を書くことは反体制と捉えられる危険があったが、暗い音楽を長く書くことにチャレンジしている。ただ暗い世界の中に生きていく希望が感じられる。
第2楽章は圧政や戦争。戦車が進み、銃は放たれ、民衆は逃げ惑う。粛清、銃殺、強制収容所送り、あるいは軍隊が民衆に発砲した1905年の血の日曜日事件が重ねられているかもしれない。弦楽器のフラジオ奏法のミの音は斬首を回想させる。
第3楽章は死後の世界。タタタンというリズムは彼の好むリズム(の反転)だが、骸骨が鳴らす音のようにも聞こえる。スターリンの骸骨かもしれない。幽霊たちが目の前を行進していく。一方で死は生の裏返しである。DSCHの署名が登場し、彼は暗い世界から顔を出し、何度もエルミーラへ愛を呼びかける。
第4楽章はスターリン時代に非難されたチャイコフスキーを復活させたオマージュ。ここでのチャイコフスキーは『エフゲニー・オネーギン』の愛と『悲愴』を思い起こさせる死。第3楽章でエルミーラを奏でたホルンが曲の最後にDSCHを奏でることで2人の結合が象徴される。
♫ 石崎真弥奈先生インタビュー ♫
今回初めて共演させていただき、団員との楽しいコミュニケーションと素晴らしいご指導で我々を魅了した指揮の石崎先生にお話を伺いました!
― 指揮者になられたきっかけは?
幼少からピアノを勉強していましたが中学から吹奏楽を始め、ホルンを吹いてました。高校2年生のときに先輩から学生指揮に任命され、一人で演奏するのではなく、人と一緒に演奏し、より音楽が立体的に積み上がっていくことに幸せを感じました。この道に進んだのは、あのとき先輩が任命してくれたおかげです。
― アマチュアオーケストラを指導されるときに重点を置かれていることはありますか?
その団体の持ち味がどういうものか様子を伺うようにしています。プロフェッショナルでもアマチュアでも、音楽が好きだという気持ちは変わらないと思っています。むしろアマチュアの皆様は、音楽が好きだからこそ、他に仕事を持ちつつ音楽に時間を割いていることにリスペクトを感じています。短い練習時間の中で、時間の許す限り演奏のクオリティーを上げていくのも指揮者の仕事であり、奏者ができる最上のものを一緒に目指していくようにしています。アマチュアの場合、すべてがパーフェクトではないかもしれませんが、音楽に対する熱意はお客様に伝わると考えています。また、他の醍醐味として、いろいろな職種の人とお会いでき、様々なアイデンティティーが融合するのが面白いです。
― 今回の演奏会でソリストに近藤瑞薫さんを推薦いただいた理由を教えてください
コンクールの受賞記念コンサートで一緒に演奏させていただいたとき、人を引きつける力がすごく強かったからです。そのときはチャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルトの第3楽章だけでしたが、伴奏した奏者たちもすごい!と驚いていて、それくらいすぐに心が動かされる魅力がありました。近藤さんは名古屋在住ということで、今回こちらの演奏会でまた共演できたら面白いなと思っていたので、それが実現できて嬉しいです。
― 今回取り上げたショスタコーヴィチの音楽の特徴をどのように伝えたら良いでしょうか?
抑圧されたものからの解放、鬱屈していたものが最後に爆発して昇華していくところは、たとえばベートーヴェンの交響曲第5番・第9番に共通するものがあると思います。ショスタコーヴィチの音楽は彼が生きた時代に合ったものであり、戦争と切り離すことはできず、明るい箇所にも闇があります。彼が表現したかった音楽を我々は容易に想像することはできないかもしれません。だからこそ、今の時代とは対極にある音楽を演奏する意味がここにあると思います。世界中の平和を願い、皆で一丸となって演奏いたします。
― お話ありがとうございました!(2025年11月 広報実施のインタビューより)

